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歌詞を考える 『未来の人よ』 ASAK(アルバム「Breath of Bless」)

こんばんは、ジニーです。

ASKAのアルバム「Breath of Bless」の収録曲を一つ一つテーマに挙げて、その歌詞を自分なりに考察しております。
今回は4曲目、「未来の人よ」について、考えていきたいと思います。


郷愁を感じるメロディーと歌詞。
ASKAのアルバムの中には毎回こういったタイプの曲が収録されているイメージがあります。
この頃は、ASKA自身の年齢も相まってか、これまで以上に胸にしみてくる印象が強いです。

曲はASKAの語りから始まります。
ライブでは時折ある、詩の朗読からの歌唱。これに似たものを音源として聞けるイメージです。
この語りがあるからこそ、曲の良さがさらに深く伝わってきますね。

語りは、ASKAが東京へ上京してきた21才のころのことをとうとうと語ります。
大都会東京へやってきた、まだあか抜けない青年にとって、東京とは未来そのものだったようです。
この曲をリリースした当時から振り返ると、実に39年という年月。
そんな昔に見た空の色を、その空気をASKAは覚えていようと感じたそうです。
そして、最後にこう語ります。

でもね、39年前に見た「あの日の空」と「今の空」は、
何にも変わっちゃいないんだ
もし、今の空が少しでもくすんで見えたとしたら
変わったのは自分なんだよ

ASKAがこの曲で一番伝えたいことは、この語りの部分にだいぶ集約されているように感じています。
「あの日の空」と「今の空」は変わっていないということ。見え方が変わっているとすれば、変わったのは自分であるということ。
そして曲が始まります。

幼い頃 ふんわり重なった
ホットケーキにフォーク そしてナイフ入れた
夏の見える窓を見上げては
ジェットの音に耳を塞いだ

曲は、過去から始まります。
ホットケーキを食べている自分。
幼いころの原体験でしょうか、この瞬間を切り取ったのは、その当時のASKAにとって一つの幸せな時間として記憶されているのかもしれません。
「夏の見える窓」というのは、この後の歌詞を受けて考えると、青々と生い茂る気が見える窓ということなのかもしれませんね。
ひょっとすると、以前ASKAのブログでも登場した桃の木なのかもしれません。

未来の人よ ずっと僕たちは
今日まで緑に 囲まれてるよ

僕自身もそうでしたが、幼いころに絵本のような本で未来の世界を創造した絵を見たことがあります。
高層ビルの群れ、宇宙人のような服を着る人、宙に浮く車、パイプのような道路、そしてくすんだ空気。
うろ覚えですが、「環境の悪化で防護服でなければ外は出歩けなくなっている」といった注釈も、予想図に並んで記載されていたように思います。

実際訪れた21世紀はどうか?
確かに環境汚染や、それに類する問題などは山積みですが、ありがたいことに緑は僕らの手の届く範囲にまだ残っています。

ここで触れる「未来の人」というのは、だれか特定の人というよりも、その当時からみた未来全般を指しているのではないかと感じています。
まだ見ぬ未来そのものに対し、呼びかけているような。
少し意味はズレるかもしれないのですが、タイムカプセルのように、あてのない未来に対して、今を残すようなロマンを感じます。

今僕たちは愛に気づいている
あなたの元へ届いてるか

僕はここは、言葉の通り時間軸は今=現在だと捉えています。
先の歌詞、「未来の人」を受けて、過去の人たちへ「あなたたちの残した愛に気付いていますよ」と応えているのかなと感じて聴いています。
受け取り方によっては、「未来の人」に続けて、「僕らは愛に気付いている、あなたたちの時代にも愛に気付ける時代か?」と問いかけているようにも聴けるなと感じたりもしますが、僕の気持ち的には、前者のほうがしっくりするので、そっちかなと思っています。

好きな人はここにいます
生まれた愛はそこに行きます

僕は、この曲の中で、この歌詞が一番好きです。
命のつながりというか、僕らが生きることの本能的な意味をたった二行で、過不足なく伝えている歌詞。
凝縮されたASKAの人類愛のようなものまで伝わってきそうです。
「愛する人は」じゃないのもASKAらしい気がしています。
人の感情って、いきなり「愛」にはならないと思っていて、「好き」という感情から始まっていくのが素直な表現なのかなと思っていて、たとえば好きな人と結婚することで子供が生まれ、そういった大切なものの存在と、そのういった人との時間が「愛」になっていくのではないでしょうか?

好きな人がいる現在=「ここ」。
そして生まれた愛が向かう未来=「そこ」。
この2行の間には遥か途方もないほどの時の流れがあるのでしょうが、愛というバトンを繋いでいっている。
もう深くて、深くて、好きすぎる!
僕の言葉なんかでは追いつかないほどの、ロマンがキュンキュンに詰め込まれています。

未来の人よ いにしえの人よ
どちらにロマンを感じればいい

(ロマン、ロマンって言ってたら、本編にもロマンが出てきてしまった。
しまった、乱用しすぎた・・・。)
ここでの時間軸は中立的な現在にいます。
遥か悠久な時の果て。
それは未来と過去、どちらにも当てはまるもので、どちらにも想い馳せるものですよね。
多分、そのどちらが正しいというものではないのでしょうが、過去があり、現在を通り抜け、未来につながる。
そういった太古の知を繋ぐ役割を僕らは大なり小なり担っていて、どちらともをその時折で見つめることが大切なのではないかなと思うのです。
未来の人にいにしえを語る、いにしえの人に未来を語る、これができるのは現在を生きる僕たちだけなのですから。

誰とだって心を通わせる 全ての言葉 歌に変えて

この歌詞には、ASKAのシンガーソングライターとしての信念や、役目のようなものに対する強い想いを感じられます。
言葉を残すのは、歌だけでなくとも、小説や文献といった書き物もあれば、映像として言葉を残すことも可能ですが、ASKAにとっては歌を通してのつながりこそが原体験として一番感じているものが多いでしょうし、こうやって僕らが一つの歌を通して、いろんなことに想いを馳せるのは、メロディーが振動となって、体に脈打つのからかもしれません。

2008年にリリースした「UNI-VERSE」という歌にも、そういえば「いにしえの人」という言葉が歌詞の中にありますね。
当時のインタビューか何かで、「UNI」は「one(ひとつ)」、「VERSE」は「music(音楽)」を表すということを言っていたのを記憶しています。
ひとつの音楽が「universe」、宇宙になっていくと。
僕らの中には宇宙があって、それぞれの宇宙で繋がっていくと。
この時のテーマと、「未来の人よ」は繋がっているのかもしれませんね。
僕らという軸だけではなく、過去・現在・未来という時間軸も、繋がっているということで捉えているのではないかと、そう感じられます。

なんだかものすごく壮大な話になってきてしまった(笑)


いつだって変わらない この空はいつだって変わらない
だって僕は覚えている あの時の空の色を

さて、最後にこの歌詞に触れておきたいと思います。
ここでようやく、冒頭の語りの部分とつながります。おそらく時間軸もそこに帰着しているでしょう。
「この空」は21歳の時に見た空のことであり、いま見上げている空のことも指しています。
この曲を通して、縦横無尽に時間を越えたロマンに想いを寄せてきましたが、見上げた空の色に心震えるということは変わらないんだよ、と言ってもらえてるのかなと思います。

僕たちは日々の忙しさの中で、時に大切なものや自分自身さえも見失うときがあります。
冒頭の語りにある通り、そういったときに考え方や、気持ち、いろんなものがその心の引力に引き寄せられ、プラスにもマイナスにも変化をしていきます。
「変わったのは自分なんだよ」。
その真理のような言葉にハッとします。
空は、自然は、宇宙は、何も変わらず大きな「愛」でいつも僕らを包んでくれている。
この素晴らしい気持ちを忘れそうなときのために、未来の人よ、この歌を残すから思い出してほしい。
そんなASKAのメッセージを感じます。

どこかこの曲に懐かしさを感じるのは、哀愁があるということではなく、時間を越えてなお変わらない、不変を歌っているからなのかもしれないなと感じました。


ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
今回はこの辺で、失礼します。

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