安芸高田市の恫喝裁判に関する専決処分の論点を冷静に整理する

安芸高田市(の石丸市長)が同市議会議員の山根氏から名誉棄損で訴えられた裁判で、第一審の判決への控訴を安芸高田市が専決処分で行いました。
そして先日、その専決処分に対する審査が市議会の臨時議会によって否決され、ニュースになっています。

もともとこの安芸高田市の問題はというと石丸市長と反市長派の議員(清志会)のやりとりがネット上で大きな話題を呼び、人気者の市長とそれに反発する老人の構図となっており、どうしても過激なコメントや偏ったコメントが多くみられます。
冷静な議論ができていないように思いますので、個人的に把握している内容を客観的にまとめ、論点を整理することで公平な評価ができるようにしておこうと思います。(すべての情報を網羅しているわけではないので抜けている情報があればコメントいただければ幸いです)

さて、今回は恫喝裁判の控訴に対する専決処分について取り上げます。


そもそも専決処分とは?

重要な情報ですのでまずここについて確認しておきます。
知っている方は読み飛ばしてもらって構いません。
正式な条例文はこのサイトで確認してもらえればよいですが日経新聞の解説が分かりやすいかと思います。

自治体の予算や条例は住民の代表が集まる議会で議決するのが本来の姿。そうした重要な案件を議会を通さずに、都道府県知事や市区町村長が決定するのが専決処分だ。この仕組みを適切に使えば行政の停滞や遅れを避けることができる。(中略)地方自治法179条は「特に緊急を要するため議会を招集する時間的余裕がないことが明らかであると認めるとき」と条件を明示している。あくまで例外というのが法的な位置づけだ。

上記の通り、緊急時に用いられるわけで、今回の一番の争点は「臨時議会を開く時間的余裕があったかどうか」という点です。
争点に対して様々な角度から質問が出ていましたので市の主張と合わせてそれらを簡単にまとめました。

議論内容の整理

具体的な日程は?

まずは市側が時間がないとした根拠です。

12月26日 判決が出る
12月27日 弁護士と協議
12月28日 弁護士の見解をもとに市長と協議→控訴決定・専決処分(夕方)
12月29日~1月3日 年末年始の休日
1月4日 控訴を行うための書類の作成
1月5日 弁護士へと書類を提出
1月6日~8日 休日
1月9日 控訴の締め切り

この日程を見る限りではなかなか厳しいスケジュールです。
ただし、この日程表は1日ずつで区切っているため、例えば朝に書類を作成して午後に提出するといったように、日程表において2日かかっているものを1日で終わらせるなどすればスケジュールを詰めることができるという視点もあります。
また、休日に臨時議会を開催すれば可能だったのではないかという視点もあります。
それぞれ議員が質問されていたのでそれに対する市の返答と合わせて確認していきます。

臨時議会をねじ込むことは可能だったのか

では具体的にどこの時間は詰められたのでしょうか。
これは南澤議員の質問とそれに対する市の答弁で明らかになりましたが、もし仮に1月4日に臨時議会を開き、その日に予算承認が行われていれば、1月5日の書類提出には間に合ったということです。(2024/4/27 追記 予算の承認ではなく控訴自体の承認でした。間違いですが大筋の内容は変わらないのでこの記事は一部修正にとどめます)
とても重要な質疑だったように思います。
従って、1月4日に臨時議会を開くことが可能であれば時間的余裕があったということになります。

では次の論点は1月4日に臨時議会を開くことが可能かということになるわけですが、臨時議会を開くにもいくつか手続きが必要となります。
まずは議会運営委員会を開き、そこで臨時議会の招集について議論を行い、必要となればそこで臨時議会が開催されることが決定し、臨時議会が招集され開催されます。
したがって、1月4日に臨時議会を開くためには、それよりも前に議会運営委員会が行われる必要があります。もしくは午前中に議会運営委員会を開いて午後から臨時議会といったようなかなりタイトなスケジュールになりそうですが、物理的に可能か不可能かといえば可能かもしれません。
専決処分が決定されたのは12月28日の夕方ということですので、控訴の方針が決まったのはそれよりは前と考えると12月28日に議長に連絡を通して議会の開催を要望していれば開催できたかもしれません。

休日に開催はできたのか

これは山本数博議員が質問されていました視点です。
これも一見可能のように思えますが、市の回答としては「原則的に休日には開催しないと決まっており、またこれまでの慣例としても休日に開催していない。」というものです。
ただし、こちらに関しても議長が必要と判断すれば休日に招集できるため、物理的に可能か不可能かでいえば可能ということになります。

結局、臨時議会は開催できたのか

以上の議論をまとめますと、「臨時議会の開催自体は物理的には可能ではあった」ということです。

専決処分にした市長の判断はまちがい?

では、専決処分を行った市長の判断は間違っていたのでしょうか?
ここが今回の判断の難しい部分だと思います。

まず前提として、条例文にもある通り、時間があるのかないのかの判断は市長が行います
では市長はなにをもって時間があるのかないのかを判断するのでしょうか。

市長の考え

石丸市長の記者会見等の発言をもとに考えると、今回はこれまでの前例をもとに判断していたように思います。
つまり、これ以前にいくつか臨時議会を開いた際の、臨時議会開催のお願いをしてから開かれるまでにかかっている実際の日数をもとに検討したということでしょう。
それらの経験をもとに考えた場合、今回のように1日で臨時議会は開催できないと思ったはずです。
休日に臨時議会を開くということも、これまでなかったので考えていなかったということですから、そのあたりも同じような考え方かと思います。

私はこれらの考え方が大きく間違っているようには思えません。

議会の考え

一方で、議会(議員の多く)の主張は「物理的に可能であるのだから臨時会を開くべき」「最善の努力をするべき」というものです。
そのために「市長は議会に事前に相談して可能かどうか確かめるべき」とも主張しています。

この考えはある意味正しいです。
なぜなら可能か不可能かであれば可能ですから、時間がなかったとは言えないわけですね。
言葉そのものをとらえれば間違っていません。

議会の考えのマズさ

上記にある通り、どちらの主張も100%間違いではありません。
しかし私は議会の考えにすこしマズさを感じます。

可能性が少しでもあれば開くべき論

まず「可能性が1%でもあるなら臨時議会を開くべき」という議会の主張は、実質的には専決処分という制度そのものを使えなくしています。
なぜなら、100%不可能という事態はそうそう起こらないからです。

例えば、専決処分のよく使われる場面として災害対応が挙げられます。
でもよく考えてください。
本当に100%無理でしょうか。
災害対応であったとしても、臨時議会を開くことが可能かもしれません。
今回でいえば、1日猶予があれば議会は開けるということを主張しています。
災害対応であっても1日くらいの猶予はあるかもしれません。
まずは議会に相談して検討してもらうべきなんでしょうか。

それとこれは違うでしょうが、文字でいえば同じです。

ギリギリなスケジュールで大丈夫?

もうひとつはタイトすぎるスケジュールの問題です。
今回、無理やり臨時議会をねじ込めば可能だったかもしれません。
ただそれはスケジュール通りにうまくいったからです。
後から振り返ればできたかもしれませんが、計画段階では絶対に大丈夫なようにスケジュールを組むべきです。
特に今回の控訴には期限が設定されており、それを過ぎることは許されません。
そして市の提示した全体スケジュールを見ても厳しいのは明らかです。
議員も質疑において「厳しいスケジュールであることは理解しますが」ともおっしゃっていました。
この厳しいスケジュールをさらに厳しくすることでミスのリカバリーができなかった場合には大きな損失となります。
なんらかのミスに備えて多少は余裕を持たせたスケジュールにすることは重要であり、卒論締め切り5分前に提出する学生の気分ではマズいわけです。
その余裕は必要な余裕だと私は思います。

可能かどうかを判断するのは市長

そしてこれは議会でも話されていましたが、条例文にある通り、時間的余裕があるかどうかを判断するのは市長です。
「議会に相談するべき」という議会の主張は結局のところ、「可能かどうかを判断するのは議会」ということになるのですが、それではそもそも専決処分の根本的な考え方と矛盾します。
なのでこの主張をしたくなる気持ちは分からなくもないのですが、そうではなく「時間があったと市長目線で明らかである客観的な根拠」を主張するべきだと思います。
そして今回の事案ではこれは難しいです。

専決処分の審査はどうあるべきか

私は、市長の提示した根拠やロジックに対して、それが妥当かどうかを議論するべきだと思います。
今回でいうと市長は、これまでの前例をもとにおおよそかかる日数を計算したら全体のスケジュール上無理だったという主張をされています。
この主張に対して、その考え方が間違っているかどうかを議論するべきでしょう。
今回の市長のロジックは大外れではないと思いますし、少なくとも不認定とするまではいかず、専決処分やむなしだと私は思います。

ただ、これを問題視する議会の気持ちも分かります。
専決処分が悪用されればそもそも議会での議決は必要がなくなるからです。
すべて何かしら理由をつけて専決処分にしてしまえばいいのです。
このあたりの議論については総務省から資料がでていますので気になる人はご参照ください。

議会としては当然ですが専決処分はないほうがよいと思っているので、基本的には専決処分自体があまり賛成されません。
なので、議会の対応が間違っているとは思いません。
なにかしら理由をつけて不承認に動くというのも普通です。
特に安芸高田市の場合は石丸市長と議会が対立しているという状況でもあるため、議会から見れば専決処分の悪用リスクが高い状況であると思いますので、議会が過敏になる気持ちもわかります。

ただ、今回の議会の主張は少しやりすぎたかなぁと思います。
今回の主張を押し通すのであれば、それこそ専決処分の具体的な目安(日数)や手続き(事前に議会に諮ること)を市長とも議論の上事前に定めることであったり、これまでのほかの専決事案でも同様の主張のうえ不承認とすべきであると考えます。
特に無印良品の際に揉めた経緯があるのですから、なおさらどういったときに専決処分にできるのかをきちんと決定・周知しておくべきです。
それをやらずしてこの主張は難しいでしょう。

一旦まとめ

どちらの主張も100%間違いではありません。
ただ客観的に見ると市長の主張に大きな瑕疵はないため、やむなく承認することになると思います。

よくある反論擁護コメントのマズさ

臨時議会なんて開いたら控訴できなくなる

これはマズいですね。
そもそも専決処分にした理由を建前であっても「時間的余裕がなかった」としているため、その筋から主張を行うべきです。
このような裏の意図があったと思うのは勝手ですが、「だから専決処分を認めるべき」というのはおかしな話です。

賄賂の先川市議は言える立場か?

当然ですが今回の決定とはあまり関係ないです。

休日出勤などありえない

ありえなくはないです。
石丸市長は前例がないからしなかっただけで、するべきという主張はある意味正しいです。
ただし、「休日でもやるべき」だと言うのであれば、すべての専決処分をそのようにしたほうが良いとするべきなので、休日出勤を常態化することに対する批判はできると思います。

議長の進行がおかしい、関係者が含まれている

私もあの議長の進行はおかしいと思いますが、今回の議論の主題とはまた別ベクトルの話です。
つまり、今回の臨時議会を正式なものとして認めてよいのか、という点では争うことができると思いますが、専決処分が正しかったかどうかには関係しません。

石丸市長は都合の良い時だけ前例を持ち出す、議会は都合の悪い時だけ前例を無視しろと言う

これはストローマン論法です。
副市長公募の際に旧態依然として変わらないことに対する反論としての前例にとらわれる話と今回の前例にとらわれる話は同じではないです。
前者の場合は変化を求められたのに変化しないことを指していますが、今回は別に変化を求められたわけではありません。
例えば、議会側が「今後は休日も開くことにするので市長はそれも考慮して専決処分かどうかを決定してください」と主張していたとして、その主張に従わずに市長が前例にならうだけの対応をするのであれば、この言い方ができます。
今回はこれとは異なるので、その指摘は意味がないです。

終わりに

以上、ざっとまとめてみました。
できる限り客観的にまとめたつもりではありますが、なかなか難しいですね。
それでも世間一般のコメントよりはまともに評論できたのではないかと自負しています。

そして、次の記事では今回の専決処分不承認に関する様々な陣営の思惑について書いてみようと思うので、興味がある方はそちらの記事も読んでもらえれば幸いです。

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