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草流し

子どもの頃、家の前の小川でよく遊んでいた。コンクリで舗装された浅い水路だけれど、川を上に辿っていけばすぐに山の中に入る。そこから上流は昔のままの細い川が残っている。水はよく澄んでいて、苔の生えた木の板が橋になっているような小川。そこから転がってくる石や砂が、家の前の小川に堆積していて、石の下にサワガニが隠れていたりする。

神社の近くまで持って上がった葉っぱを幼馴染とせーので川に流す。水路のあちこちに散らばる小石に形作られた複雑な水流に乗って、草花は速度を変えながらジェットコースターのように流れてゆく。それを一緒に追いかけながら白熱して見守る。道路の下のトンネルを抜けて、家の前まで流れ着く草もあれば、すぐに引っかかって止まってしまうときもある。今度はもっと速そうな葉っぱを探してこようと、笹の尻を丸めて真ん中に刺して船みたいにしたり、小さな黄色い花びらをばら撒いてみたりとか、夢中になって草花を流して遊んでいた。色んな呼び名もつけた気がする。

小石に引っかかって止まったかと思うと、ゆっくり回転してまた勢いよく流れ出す。思い出したように流れ出すその様子が、どうしてか昨夜、眠る前に思い出された。

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8/31
リバプールからロンドンへ帰る電車の中、座席がなく、売店の車両の壁にもたれながらぼんやりと物思いに耽っていた。
美しさとは何か、言葉で言えないだろうか
どんなものに触れて、美しいと感じるだろうか

人は皆、心に描く理想の像のようなものを
知らず知らずもっていると思う。


自分の中の男性像であれば、かっこよくてダンディーな像かもしれないし、仏のような中性的な像かもしれない。同時に、女神像のようなものも心にある気がする。自分の中の女神像は明るいオレンジ色をしている。色のオレンジとは似ているけれど違っていて、笑みや嬉しそうな表情を見たときに明るいオレンジ色を感じることがある。そのとき、深く心が満たされている。

音楽にも、生まれ出た曲の求める形が、初めからぼんやりとあるものだと思う。曲の一片を思いついて、それを心が求めるように形作っていく。その曲がなりたいように編曲をして、演奏していく。心にイメージしていなければ仏像を石から彫り出せないように、あらゆる創作には、その人の中に、何らかの到達点や完成形への行き先があるのではないか。


8/27
教会音楽の美しさが何なのか知りたくて、カンタベリーの街を歩いた。聖オーガスティン修道院、カンタベリー大聖堂へ。この街では1400年間も毎日、祈りが続けられている。二千年以上、語られ続けている物語がある。そこにはきっと、心の深くから湧いてくる望みや希望が、普遍的な何かが、あるのだと思う。

ロンドンのウェストミンスターアビーやセントポール大聖堂でも、聖歌隊の歌声やパイプオルガンの音色を聴いた。

おそらく彫刻やステンドグラスに表されているのは聖書の物語の一節で、建物自体が、飛び出す絵本のように物語を語っている。

「長い間貫徹され、洗練された美しさは、ある普遍性をもってその土地のあらゆるものに宿っている」@London

心に描いた像が、心の求めるものが、美しさの源泉なのではないかと、ふと思った。

それは言葉に切り出したら枯れてしまう何かで、ずっと感覚的なまま心の底にある消えないもの

St. Augustine's Abbey
St. Augustine's Abbey
Canterbury Cathedral
Bunhill Fields Burial Ground


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人が精神的に成熟していく過程と草流しが重なる

草が流れていく
小石に止まる
何かのきっかけで、
また思い出したように流れ始める

旅に出たり、初めての経験をしたり、何かの節目を迎えたり、大きな出来事があったり、作品にどうしようもなく心を動かされたり、

きっかけは、特別で新鮮で
たぶん衝撃的な何かで、
そこから人は変わってゆく

心は変化を求めて、変化を恐れる

その平衡は何かのきっかけで解けて
流れて、また新しい平衡状態になる

「いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。たとえば、こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろ。もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるかって?」「写真を撮るか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いて見せるか、いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな」「その人はこう言ったんだ。自分が変わってゆくことだって……その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって」

旅をする木 / 星野道夫

僕らはいつまでもそこにある美しいもののなかに彼の存在を確かめることができる。 あなたは花 あなたは川 あなたは虹なのだから

Nujabes PRAY Reflections / haruka nakamura

山から生まれた命は、
そうして流れていって、やがて海に辿り着く
ずっと、美しい方向へ流れようとする

心が求める方向へ
重力のように導かれていく

葉から溶け出した養分は
流域の田畑を耕して、
また新しい循環が始まっていく

そんな想像をした。
身体が軽い
秋晴れの涼しさに、
ロンドンの肌寒い晩夏を思い出す

夜の静けさに
小さく灯して心を聴く

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