見出し画像

「視覚障害のある人が通ります!」

JR新宿駅。私が最寄り駅の次によく使う、駅構内にもお店がたくさんあって楽しい新宿駅で、大きな声が響いています。「すみません、通してくださーい。」

こんばんは、くつばこ+のりこです。新歓活動も終わりましたがいつでも歓迎中。いつでも連絡ください! 今日は先日駅で感じた違和感をご紹介します。

☆叫ぶ駅員さん

JR新宿駅。コロナの影響で通勤通学をする人ばかりがそそくさと歩いている構内で、大きな声が響いていました。「通りまーす」「通してくださーい」なんだなんだと顔を上げると、呼びかけていたのは駅員さん。隣にいるのは白杖を使う視覚障害のある方。点字ブロックの上を、手引き(そばでひじなどを持ってもらい、案内をすること)をしながら歩いていました。

☆叫ばれている側はどう思うか?

このような場面に限らず、視覚障害がある人や車椅子利用者を案内するとき、声を出して道をあけさせたり、その存在を示すことがあると思います。このようなとき、「存在を示されている側」はどう思うでしょうか。目立ちたくない人は目立ちたくないと思うだろうし、またそのような場面を見られることで、「また障害者が優遇されている」という批判にもつながりかねないと思います。

☆目立たせなきゃいけないのはなぜ?

はじめ、自分がもし案内する側の立場だったら、叫ぶようなことはせず、周りに注意しながら、多少雑談でもして移動するなぁと思っていました。その方が、変に目立たせてしまうことなく快適に利用できるのではないかなと思ったのです。しかし、たとえば手引きをしているときに、右側からあまり前を見ずに歩いてきた人がいて、白杖にぶつかってしまったら。「存在を示せ」「案内になってない」そういわれるのは想像できます。実際、駅のホームで白杖に躓き、「白杖を振っているのが悪い」ともめるニュースは何度もあります。それを防ぐために、横切る人を避けてゆっくり進むと、なかなか進めない。。。スマホを持って歩いている人がたくさんいる社会で、避けてもらうには「音を出す」以外の方法はないのかもしれません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?