桃子すいか先生の作品にハマりました

 読む漫画は、BL漫画が多いです。おそらく、ここ5、6年の間に読んだ漫画の冊数は、BL以外のすべてのジャンルを合わせたよりも、BLの数のほうが多いはず。
 ついBLを手に取りがちな理由として、「単巻完結が多くて、いろいろなタイトルに気軽に手を伸ばせるから」というのは大きいですが、それ以前にただ単に、このジャンルが好きなのです。

 2023年も上半期が終わりましたね。
 新作漫画、そんなにたくさんは読めていないんですが、読んだものはどれも個性的で面白かったです。最近は、アプリで連載している作品も読むようになって、「続き物」の漫画で楽しみなタイトルも増えています。

「単巻完結」のBL漫画について言えば、私の上半期ベストは、桃子すいか先生の『18.44-』(徳間書店)です。
 野球部を舞台に、高校生バッテリーの恋模様を描いた青春BL。タイトルの「18.44」という数字は、マウンドとホームベースの間の距離(メートル)を意味しています。
 可愛らしい絵柄と緻密な描きこみ、漫画ならではの演出の妙、そして男子高校生たちの会話のビビッドな言葉選び……。どれを取っても魅力的で、すごいものを読んだぞ、と興奮しました。
 私自身がこういう王道BLが好みど真ん中、ということもあったのですが、とにかく初めて読んだこの作品で、桃子すいか先生のファンになってしまいました。

 というわけで、さっそく桃子先生の過去作を2冊、手に入れました。
 2018年刊の『8月のロスタイム』(幻冬舎コミックス)は、独立短編集であるようなそうでないような、珍しいタイプの作品集でした。短編5本のうち2本が続きもので、描きおろしの「おまけ」で全作の登場人物たちがクロスオーバーみたいに絡む、という趣向。
 収録作では、とりわけ「冬来たりなば」という一編が見事でした。田舎暮らしの閉塞感を共有している幼馴染男子ふたりが、大学受験をきっかけに少しずつすれ違ってしまうというエピソード。閉じた世界でのできごとを描きながらも、家庭間の経済格差や親からの圧力といった切実な問題も扱っていて、話が小さくなりません。冒頭でさりげなく描写されていた登場人物の仕草が後半でエモーショナルな意味を持ってくるなど、細かい技巧もすごい。オーソドックスだけれど深みと広がりを持った作品で、「こういう短編BLをいくらでも読みたい」と思わされました。何度も読み返してしまう予感があります。

 もう一冊求めた桃子作品『君にくるまって、』(オークラ出版)は、2021年刊。大学の学生寮が舞台の長編です。
 人とうまく関われない新入生と、彼に積極的に絡んでくる同級生の恋の行方が主眼ですが、他の寮生たちも個性的でキャラが立っています。
 これも、家庭問題を絡めるなど、視野が広く閉鎖的でない作品づくりであることが印象に残りました。

 あともう1冊、2015年に刊行された『雨だれの頃』(一迅社)も読みました。これは残念ながら紙書籍が在庫切れのようで、kindleで購入。
 中学生男子ふたりの瑞々しい関係を切り取った佳品で、これもまた非常に私好みの作品でした。
 漫画については完全に素人の私ですが、小説など書いていますから、漫画を読んでいるときでも会話や独白の書きかたには「おお、これはすごい」と勝手に感心してしまうときがあります。
 桃子すいか先生は、とにかく生活感溢れるリアルな会話が見事です。こういう自然な会話を書くのって、単に現実をそのまま書き写せばいいということではなく、繊細なワードチョイスが欠かせないと思います。桃子先生も、すごく丁寧に会話を組み立てているんだろうな、と想像してしまいます。全部天然で書いていたらすごい……。

 もうひとつ、既読の桃子作品を振り返って思うのは、「陽」の属性を与えられたキャラクターが単に「陽」だけでは終わらない、という点が共通しているということ。
 屈託のある子を太陽のごとく照らしてあげるヒーロー、というのは、BLに限らずラブストーリーの王道ですが(私も大好きです)、桃子先生の諸作は「精神的に救ってあげるヒーロー」の側も、なにかしらの痛みや不安を抱えていて、部分的には相手に照らされているのです。
 属性だけで人を描き分けてしまわずに、人間が根源的に持つ弱さを必ず描く作家さんなのだなと思いました。

 ――というわけで、桃子すいか先生の作品にすっかり魅了されてしまったという話でした。
 私が把握できた限りではあと2作、未読の作品があるようなので、これらも大切に読んでいきたいと思います。

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