小嶋ララ子先生の話

 人生で最初にハマったBL漫画家は、小嶋ララ子先生だった。
 なんといっても、最初に読んだ商業BL漫画が、小嶋先生の作品だったのだ。それ以前にも、男性同士の恋愛感情を主題的に取り扱った少年漫画などは読んできたけれど、いわゆる「BL漫画のレーベル」から出ている本を読んだのは、小嶋先生の作品が初めてである。

 その1冊目とは、『あまくてしんじゃうよ』(リブレ出版)。いろいろなカップリングのお話が収録されている短編集である。たしか、読んだのは自分が高校1年生のときだったと記憶している。小嶋先生の線が細くて可愛らしい絵柄に惹かれて、書店で手に取った。
 一読、魅了された。世の中にはこんな世界があったんだ、と驚かされた。すでに書いたように、男性同士の恋愛を扱った作品はそれまでにも読んだことがある。ただ、この本には、それまでに読んできた作品とは全然違うところがあった。当時、それを明確に自分の中で言語化できていたかはわからない。でも、いま振り返ってみて、やはりこれは大きかった、という部分がある。

『あまくてしんじゃうよ』では、「男性が男性に対して恋愛感情を抱く」ということが、きわめてナチュラルに描かれていたのだ。

 当時のぼくは、やはりこのことに魂を摑まれた気がする。それまで読んだものでは、最終的に同性間の恋愛感情を肯定するとしても、「自分が同性を好きになるなんて……」という戸惑いが描かれていた。それもまた、ある種現実に即した誠実さである。そちらの描き方が、常に悪いというわけではない。
「同性に恋愛感情を向けてしまう自分自身への戸惑い」というのも、間違いなくリアルな感情である。好きな人(とくに初恋の相手)が同性であること、による複雑な心理をすっ飛ばすのは、現代日本が舞台の作品としてはリアリティを欠く――という見方もできる。

 ただ、当時10代だったぼくにとって、これは「救い」だった気がする。
 男の子が男の子を好きになる、というのは当たり前のことで、いちいち心理的抵抗がどうのとか、言わなくていい、思わなくていい。そんな世界があったことが、嬉しくてたまらなかった。
 この作品集は、可愛らしい男子たちの「いちゃいちゃ」がメインのエピソードが大半だから、筋の複雑化を避けた結果、そういう「ナチュラルさ」が副産物的に生まれたのかもしれない。
 でも、これが最初に出会ったBL漫画だったからこそ、ぼくはこのジャンルを今でも離れがたく思っているのだという気がする。

 ちなみに『あまくてしんじゃうよ』の中でとりわけ好きなのは、「あした晴れるかな」という一編だ。医学部を目指して浪人を重ねている夢路と、理科大に通う科学オタク男子・修一郎の恋模様を描いた話。ピュアな修一郎の造形が良い。

 そんなわけで、小嶋先生のファンになって、BL漫画にハマりたての頃は、このかたの作品を集中的に読んだ。他の作家さんもいろいろ読んでみて、深く感銘を受けたものもあったけれど、作家として固め読みしたのは、まず小嶋先生だった。商業出版されているBL作品はすべて読んだはず。

『ねこの嫁入り』(大洋図書)とか、『きみにうつる星』(心交社)とか、短編集がわりと多くて、幅広い作風が味わえた。ふわふわとした可愛らしい絵柄が特徴だけれど、意外にも暗かったり悲しかったりする作品も多い。
 長編では『君とパレード』(プランタン出版)と『パラダイス・ビュー』(リブレ出版)の二部作が出色で、学習塾での生徒とアルバイト講師、という関係から始まったふたりの、数年にわたる愛を描いている。とくに『パラダイス・ビュー』は正直、涙なしには読めない。二部作の後半だから、「泣けるBL特集」みたいなところでは紹介しにくいのかもしれないけれど、漫画を読んでこんなに泣いたことは後にも先にもこれだけ、というくらいに感動した。

 小嶋作品の特徴として、「絵柄が可愛い」「意外とダーク」のほかにもうひとつ付け加えるなら、「登場人物の情が深い」ということだろうか。とにかく、大抵の登場人物がものすごい情念を抱えている。そのまっすぐさが、10代だったぼくにはとても眩しくて、同時に強く共感もした。
『ゆめゆめ心中』(大洋図書)に収録されている「羊の楽園」という掌編が忘れがたい。中学時代にいじめから救ってくれた初恋の同級生に執着しつづけている男の子が主人公で、経済的に困窮している初恋相手のため、頼まれてもいないのに貢ぎ続ける、というお話。「もう見てられない」と思ってしまうほどの愛と執着が描かれるのだけれど、恋ってそういうどうしようもないものだよな……ということが、このうえなく胸に迫る一編なのだ。

 というわけで、10代の頃に読んだ小嶋作品はかなり「刺さった」。だから、関連作品にまで手を伸ばした。
 渡海奈穂
先生が原作を書いて、小嶋先生が作画を担当した『ねえ先輩、教えてよ』(徳間書店)も読んだ。これは学生寮が舞台の作品で、先輩後輩カップルがとても可愛い。
 また、生まれて初めて読んだBL小説は栗城偲先生の『可愛くて、どうしよう?』(プラチナ文庫)だけれど、これも小嶋先生のイラストに惹かれて手に取ったのだ。可愛い男の子同士のお話で、これがまた良い。

 雛鳥は最初に見たものを親鳥だと認識する、みたいな話があるけれど、ぼくにとって小嶋先生はBL界の親鳥みたいだと感じている。BLの「好き」センサーは、わりと小嶋作品をベースに育ったような気がする。
 そんな小嶋先生は、今は名義を変えて活動なさっているようで、今月も新刊が出た。好きな作家さんの新作が、出会ってから10年近く経ってもまだ読めるというのは、幸せなことだ。

 ちなみに、小嶋作品を読みたいなと思った人に最初におすすめしたいのは、短編集『あの子とジュリエット』(徳間書店)。
 高校生ふたりが駆け落ちする王道ラブストーリーの表題作、芸能界が題材の幼馴染BL「ドラマチック・ボーイフレンド」、女の子の幽霊がキーパーソンとなる切ないお話「ラブレターのお葬式」……と、バラエティ豊かな作品が収録されている。この1冊で、小嶋作品の魅力が十全に伝わると思う。
(とくに「ドラマチック~」は、ぼくにとってCP傾向の原点みたいなところがあり、個人的に大好きなのだ)

 


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