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『境界の彼方』の栗山未来は血で剣を作るけど、どれだけの血が必要だろうか?

web用『境界の彼方』タイトル画

『境界の彼方』の栗山未来がかわいい。幼い顔立ちにメガネがよく似合う(注1)高校生で、盆栽が好き。不愉快な気持ちをそのまま書くから、SNSはすぐ炎上する。ははは~。
 これだけでも充分に味わい深いキャラなのだが、彼女の正体は「異界士(いかいし)」。異形の存在「妖夢(ようむ)」を倒すことを生業としている。そして、なんとも切ない話ではあるけど、彼女の魅力を際立たせるのは、その能力が異界士たちのあいだでも異端視されていること。「呪われた血」を受け継ぐ彼女は、血を操る。自らの血を剣の形にして、妖夢と戦うのだ。
 日頃のダメっぷりと、自分の能力に困惑しつつも激しく戦う姿のギャップが魅力的なのだが、筆者としては言わざるを得ません。栗山さん、なんというキケンなことをするんだっ!?
 肉体の一部を武器に変えて戦うヒトたちは、マンガやアニメにはいろいろいて、たとえば『ゲゲゲの鬼太郎』では「髪の毛針」(注2)が有名だし、『それいけ!アンパンマン』のホラーマン(注3)は自分の骨をブーメランにするし、『仮面ライダーアマゾン』のガマ獣人(注4)は自分の顔を外して投げつけた。そういう振り切ったキャラたちと栗山さんをいっしょにするのはどーなのよ!?と思うかもしれないけど、いやいや、彼らよりも危険な橋を渡っているのは、彼女だと思いますぞ~。
 血液は、酸素や養分を全身に運び、不要になった二酸化炭素や老廃物を体外に出すための臓器に運ぶ、という重要な役割を果たしている。その血液を武器にして大丈夫? と心配していたら、劇中でも貧血になり、レバニラ炒めなどで鉄分を補給していた。やっぱり!
 本稿では、栗山未来の命にかかわる能力について、アニメ版で考えたい。

◆血を発射するトカゲがいる!
 栗山さんが指輪を外し、右手の包帯をほどくと、手のひらから血が流れ出して真っ赤な剣になる。同時に、何十mも跳躍するなど、体力も飛躍的に向上する。
 この能力について、異界士の名瀬泉は、次のように説明していた。「自らの血液を操り、攻撃します。硬質化はもちろん、強力な毒をもって相手の体内組織を破壊することも可能です」。
 なにっ、血液が硬質化!? 血液に強力な毒!?
 いろいろビックリで「まっ先に自分が死なないの!?」と思ってしまうが、まあ冷静に考えれば、硬質化しなければ剣として役に立たないだろうし、血液が体外に出てから、成分が毒に変化するのかもしれない。血液にはタンパク質が含まれ、サソリの毒やヤドクガエルの毒など、タンパク質でできた毒は、自然界にもたくさんある。
 とはいえ、生物が自分の血液を武器にして大丈夫なのだろうか?
 驚くべきことだが、血液を武器にする生物は、自然界にも存在する。アメリカに住むサバクツノトカゲは、目から血液をビームのように発射する。体長は7~13㎝なのに、飛距離は最大1.8mというからすごい。その血液には、ヘビやコヨーテなど天敵の嫌う成分が含まれ、正確に相手の目を狙う。量は全血液の3分の1にも及ぶため、自分もぐったりしてしまうが、数日で回復するという。
 ふーむ。あり得ないように思えた血液の武器化だが、自然界にも先駆者がいたんですなあ。すると、血を操って戦う栗山さんの方法も、決して荒唐無稽とはいえないことになる……。

◆出血多量で死なないか?
 しかし、血液を武器にすることが、危険な行為であることには変わりない。サバクツノトカゲもぐったりするし、栗山さんも貧血でフラフラになるのだから。
 その危険度は、体から出す血液の量によるだろう。人間の血液は、体重の13分の1(注5)を占め(男性8%、女性7%とされる)、そのうち3分の1以上を失うと、死に至る。血圧が下がり、多くの内臓が同時に働かなくなる「多臓器不全」に陥るからだ。
 栗山さんは身長152㎝なので、体重を45㎏と仮定すれば、その血液量は45㎏×0.07=3.15㎏で、その3分の1とは1.05㎏。つまり、血液から作る剣の重量が1050gを超えるようだと、貧血どころか命が危ないということだ。
 そう心配しながらアニメの画面を注視すると、ぬわっ、これはヤバい! 劇場版映画『未来篇』では、記憶を失った栗山さんが、地面に刺さった血の剣を抜くのに四苦八苦していて、かなり重そうだった。
 それもそのはずで、彼女の身長と比べると、その真っ赤な剣は、長さが1m26㎝もある! 一般的な日本刀は、長さ三尺5寸=106㎝のものが多いが、それより20㎝も長いのだ。カタチも独特で、幅のいちばん広いところは11㎝(日本刀は3㎝)。厚さも1㎝くらいありそうだ(日本刀は最大7㎜)。
 などなど各部を測定して計算すると、血の剣の体積は推定886mL。もし密度が鉄と同じなら、重さは6979gになる。わあっ、出血多量で死んでしまいました~。
 いや、そう決めつけるのは早すぎる。剣のようなカタチをしているからといって、密度が鉄と同じだとは限らない。血液でできているのだから、密度も血液と同じと考えるのが筋だろう。もちろん軽いと打突(だとつ)の威力は低下するが、それは何十mもジャンプできる体力で補えるはずだ。
 女性の血液の密度は、1mLあたり1.052~1.060g。中間値の1.056g/mLで計算すると、重さは936g(注6)。おおっ、致死量の1050gをぎりぎり下回りました~。
 だがそれは、多臓器不全に陥る直前の状態ということだ。本来なら、病院で輸血を受けるべきレッドゾーンなのに、飛んだり跳ねたりして、妖夢と激闘を繰り広げる栗山さん。やっぱキケンではないかなあ。

web用『境界の彼方』図A

◆えっ、血を元に戻すの!?
 血液の減少にいちばん弱いのは、脳だ。貧血症の人が失神しやすいのもこのためで、人間は血流が10秒も止まると、意識を失ってしまう。栗山さんも血液による攻撃はできるだけ短時間にとどめ、速やかに体内に戻したほうがよい……って、いや、そうではない! 劇中でも、戦い終えた栗山さんは、剣が血液に戻るや、手のひらから体内に戻していたのだが、それだけはやらないほうがいいと思う。
 血液には「血小板」が含まれている。その役割は、空気に触れると壊れ、内部から出た物質で血液を固まらせること。「血液凝固」(注7)という仕組みで、そのおかげでケガをしたときに、傷口が自然にふさがる。
 剣にするために、空気中に出した栗山さんの血は、異界士の力で硬質化するだけでなく、血液凝固で固まっているはず。そんな血を血管内に戻したら、固まった血が血管をふさぐ「血栓」が全身各部でいっぱい発生して、あの世に行ってしまうのでは……。
 また、空気中には、細菌、ウイルス、カビの胞子、季節によっては花粉などが飛び交っている。血液は血管によって外部から隔離されているが、傷口や粘膜などからそれらが侵入してきたら、一大事。温かく栄養たっぷりの血液は、細菌やウイルスにとって夢の楽園で、たちまち増殖する。これを防ぐために、白血球やリンパ球などが、免疫の仕組みで、これらを根絶するのだ。
 空気に触れまくった栗山さんの血には、細菌やウイルスが侵入しまくりだろう。その血を戻したら、血管内で大繁殖してしまうのでは!? 栗山さんの健康がモノスゴク心配だ。
 まあ、これらの問題も、異界士の力で解決できているのかもしれないけど、筆者としては念には念を入れて、一度使った血は諦めたほうがいいのではないかと思います。つまり、血で作った剣は使い捨て。もったいないけど、仕方がない。
 そして、血液の材料になる食品をたくさん食べて、安静にしましょう。おススメは、血液の材料となる鉄分の多いもの。レバー、赤身の魚、アサリ、カキ、ニラ、ホウレンソウ、パセリ、ワカメ、コンブ。そして、鉄分の吸収を助けるモヤシ、シジミ、ノリ、ウナギの肝などです。

【文/柳田理科雄・イラスト/近藤ゆたか】

※以下注釈

(注1)メガネがよく似合う
 主人公は、半妖夢(母は異界士、父は妖夢)で不死身の肉体を持つ神原秋人。彼は、栗山未来が校舎の屋上から飛び降りようとしているのを見つけ、助けようとするのだが、そのときのセリフが「あなたのようにメガネの似合う女子が死んではいけない!」「メガネが大好きです!」というもの。秋人は極度のメガネフェチで、また栗山未来はメガネがヒジョ~に似合う女子だった(素顔もかわいいのだが)。
『境界の彼方』は、全編に切なさが漂う物語だが、メガネへの執着などコメディ要素も散りばめられて、ずいぶんホッとできる。

(注2)髪の毛針
 妖怪に向かって、髪をヒュンヒュン発射する。これを見て、誰もが感じた疑問が「あんまりたくさんの髪を発射したら、鬼太郎はハゲてしまうのでは?」であろう。
 原作マンガでは、しっかりハゲていた。「妖怪大戦争」という話で西洋妖怪の大将・ベアードに向けて発射したときは、ほぼツルツル頭になり、髪の毛は3本だけ!「妖怪獣」では、妖怪獣・蛟龍に発射して右半分だけハゲになり、残りを妖怪・なまずに撃って、とうとう全面的にツルッパゲに!
 アニメ版ではハゲていなかったような気がする。まあ、人間の髪は10万本もあるから、そのうち1万本を撃っても、まずハゲたようには見えないだろう。しかも、1万本の針とはモノスゴイ。直径50㎝の領域に撃ち込んだとしても、4・8㎜間隔で刺さることに。この技は食らいたくない。

(注3)ホラーマン
 ホラーマンは、胸のあたりから十字に組んだ骨を取り出して投げる。その名もホネブーメラン。いったい、どこのホネを投げるのか。その2本のホネは、両側がハートのように膨らんでいるから、おそらく大腿骨か上腕骨。大腿骨を投げたら歩けないし、上腕骨なら投げられない。ナゾに満ちた技である。

(注4)ガマ獣人
『仮面ライダーアマゾン』に登場したガマガエルの改造人間。身長は190cmだが、頭部がその3分の1ほどもある。と思ったら、実はそのアタマは第二の頭部らしく、着脱可能! 取り外してブーメランのように投げつけ、アマゾンライダーを苦しめた。で、取り外したあとがどうなってるかというと、普通サイズの顔がちゃんとついていた。要するに「単なるかぶりモノ」ということかなあ?

(注5)体重の13分の1
 たとえば体重60㎏の人の場合、13分の1は4.6㎏(=4.6L)。その3分の1とは1.53Lである。大型ペットボトル4分の3杯分の血液を失うと、死んでしまうのだ。意外と少ない。ケガに気をつけよう。

(注6)重さは936g
 日本刀は1㎏ほどの重さがあるから、やや軽い。ただし、本文中にあるように、剣の長さは1m26㎝で日本刀(1m5㎝)の1.2倍。棒状の物体を振り回すには「長さの2乗×重さ」に比例する力が必要なので、栗山さんは日本刀を振るときの1.35倍の力を出す必要がある。体力が向上した状態でないと、取り扱いが難しいかも。

(注7)血液凝固
 血小板に含まれる成分が、何段階もの過程を経て、血液中のフィブリノーゲン(水に溶けやすいタンパク質)をフィブリン(水に溶けにくい繊維状のタンパク質)に変える。フィブリンは赤血球や白血球に絡みついて、ネバネバした血餅を作る。これが血液凝固で、その「何段階もの過程」が、高校で「生物」を選択した受験生を苦しめる。型の異なる血液を混ぜたために血が固まる現象は「凝集反応」と呼ばれ、こちらはそれほどの苦しみを生まない。


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