パンの香り

僕は高校に4年通っていました、正確には一年休学したんですが。
高校1年の終わりごろから動悸や過呼吸になり原因が分からず色んな病院に通い、結局診断されたのはパニック障害でした。
その当時はまだそれ程病院もなくて札幌の病院まで通ったりとにかく僕も家族も疲れきってしまいました。

父親がその当時紋別というオホーツク海の街に単身赴任していて
「迎えにいくから紋別においで」と連絡してきて
ある日の朝に父さんが玄関に立っていてびっくりしました。

僕はレコードとカセットテープ数本と発作用の頓服薬を持って紋別に向かいました。正直行きの道中の事はあまり覚えていません、ただ分かるのは初めて飛行機に乗った時よりも初めての海外旅行よりも
余程勇気が必要な旅だったという事です、何せ死ぬ気で行ってますから。

死ぬ気で行った割には気が抜けるほど穏やかな毎日でした、最大の敵は突然襲ってくる理由のない不安感だったのでなるべく毎日同じ事を繰り返すようにしていました。
食器洗い、掃除、洗濯、次の朝食べる食パンを買いに行くというルーティンを毎日ひたすら繰り返していました。

ベランダで座っていると強い日差しの中で揺れるたんぽぽをよく眺めていました。そうしているうちに陽が傾いてきてパンの香りがしてきます、明日食べるパンを買いに行く時間、今日も一日なんとかなったと安心できる時間、唯一何かをやり遂げたと思える時間でした。
公務員宿舎からパン屋に向かう丘から見渡せるオホーツク海と夕焼け
人生なんて思い通りになった事ないし、そんなにキレイなもんでもないですが
いまだに心がちょっと苦しくなった時に夕焼けとパンの匂いを思い出します。







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