ザ・スイート・トリッピング
旅行なんて、お高くとまった5%の上流階級だけが味わうことのできる贅沢だ。
45%の労働者、50%の失業者にそんなことを思いつく脳みその空き容量なんて残ってない。みんなみんな、その日を凌ぐので精いっぱい。
だからその代わり、わたしたちは旅をする。
一番ヤバいやつは注射で。
そこそこのやつは錠剤ガブ飲み。
わたしみたいなパンピーはスイーツだ。
そう、スイーツ。チカチカ眩しいモニターのブルーライトに照らされて、キーボードの上に鎮座ましますはブルーベリーショートケーキ。砂糖たっぷり、カロリーたっぷり、トぶのに必要な化学物質もたっぷり。
「いただきます」
きちんと手を合わせあいさつしてから、わたしはケーキをむんずと掴んだ。
ぐしゃりと手の中でクリームとスポンジがほどけていく。キーボードの隙間という隙間に、細かいカスが転がりこんだ。
わたしは構わず、掴み取ったケーキを口元になすりつける。
猛烈な甘さの暴力が、わたしのゆるゆるな頭をガツンと殴りつけた。
ジーンと痺れるような感覚。
ぐるぐると目の前で回りだす極彩色の渦巻きを知覚して、ケタケタと笑いだす。
きた、きた、きた、きた。
既に見えてない手元を探り、かちりと一回だけクリックする。途端に渦巻きは意思を持ったかのように、わたしの望む世界へと誘い出した。
6G回線による脳波接続。閉じきった狭い狭い世界にいるしかないわたしたちが、唯一壁を越えられる方法。
ぐるりと最後にひと捻りすると、モニターもキーボードも彼方に消えた。
目の前に広がるのは果てしない平原。乾いた風が心地良い。
服装も変わっていた。ひらひらした飾り付きのジーンズにロングコート、頭の上にはテンガロンハット。
腰に吊るした拳銃を抜き、わたしはポーズを決めた。
「BANG!」
どこにでも行ける、何にでもなれる。
今晩のわたしは、無敵のガンマンだ。
〈つづく〉
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