新入生レビュー 第三夜:『壁ーS・カルマ氏の犯罪』

こんにちは、京都大学SF・幻想文学研究会(KUSFA)です。
今年のKUSFAはコロナの影響で対面での活動ができず、すべてがオンライン進行です。

新入生のひとりひとりが自分の好きなコンテンツについて書いた「新入生レビュー」企画、第三夜はまきなみによる、安部公房『壁ーS・カルマ氏の犯罪』の紹介です。

毎年京都で行っているSFイベント、「京都SFフェスティバル」の案内が記事の最後にあります(今年は9/19のオンライン開催です)。京都SFフェスティバルでは9/12まで企画の持ち込みを募集しておりますので、何かかやりたいな、と思っている人はぜひ企画を送ってくださいね。

安部公房 『壁ーS・カルマ氏の犯罪』

 安部公房の小説「壁」は大きく分けて3つの部分に分けられる中・短編集である。その中でも1番目、安部公房が芥川賞をとった作品であり、初期安部公房の代表作ともいわれる「S・カルマ氏の犯罪」について書こうと思う。
 ある日主人公が目を覚まし、朝食をとろうと食堂に行き、帳面にサインをしようとしたとき、違和感に気づく。自分の名前を思い出せなくなっているのである。何か思いだせるものはないかと名刺を探すもどこにも無く、身分証や手紙の宛名を見ると名前のところだけ消えていた。とりあえず、と仕事場に向かうとそこには彼の名刺が彼として振る舞っていた。こうして主人公は名前をただ喪失しただけでなく、自分の名刺に盗まれたのだということに気づく。名前を失った主人公は、「名前」で構成された現代社会における存在する権利を失い、不条理が次々と眼前にたち現れてくる。
 ところで、名前をつけるということで分節はなされる。したがって、名前がないという状態は分節されていない、つまり誰にも認識されないということになるのだが、この主人公は作品中ではそんなことはない。これは、名前をただ失ったのではなく、盗まれているということが鍵であると考えられる。つまり、名前は「null」なのではなく、まだ名前を入れる器は残っているということである。もっと言うならば、0が名前に値として付与されており、この値は自由に変動することもできてしまうと言えばいいだろうか。主人公は名前とともに自分も失い、つまり、自分も器だけ残っている状態となり、「胸の奥が空っぽ」になる。そして病院で雑誌に載っていた荒野を胸の中に吸い込んでしまうといったことも起きる。
 しかし、この事態によって主人公は分節しきられていないため、分節されているが分節されていないといった奇妙な、あいまいな状態となり、他者との関係で様々な不都合が生じる。この不都合は、名前を失った本人には耐えがたいほどの不条理として現れてきたり、マネキンやラクダに愛情を抱くなど、普通の人から見れば奇妙に見えるような、人以外のものや動物との関係を示したりする。
 空想的な性格が強い作品だが、決して現実とのつながりがないわけではない。むしろ現実を極度に反映しているといってもいいだろう。現代社会での人間の無名性、没個人性の主観的体験はまさにこの作品に集約されている。シュルレアリスム的なストーリーと、独特のユーモアを交えたある種諦観も感じられるような文体で描かれている風景が、この作品には収められている。

〈著者紹介 安部公房〉
小説家、劇作家、演出家。東京大学医学部卒。1947年、ガリ版で『無名詩集』を出版。その後、1948年、『終りし道の標べに』でデビュー。『壁ーS・カルマ氏の犯罪』で1950年芥川賞を受賞。代表作に、『砂の女』(読売文学賞受賞)、『箱男』、『密会』、『燃えつきた地図』、『友達』(戯曲)など。

京都SFフェスティバル(京フェス)開催のお知らせ

京都SFフェスティバル(京フェス)は毎年、秋に京都で行っているSFコンベンションです。が、2020年度の京フェスは、状況を鑑み、京都ではなくオンラインで開催することになりました。

開催日程は
9月19日(土) 18:00~24:00
で、ZoomとDiscordを併用して行います。参加費は無料です。

SFファンやクリエイターが自分の話したい題材を企画として持ち込み、オンラインで開室したところに、その題材に興味がある人が訪ねてアクセスする、という形式です。

今のところ、こんな企画案が上がっています。
http://kyofes.kusfa.jp/cgi-bin/Kyo_fes/wiki.cgi?page=%B3%AB%BA%C5%B3%B5%CD%D7

興味のある方はぜひ、こちらの参加登録フォームから登録をお願いします。自動返信でDiscordへの招待リンクをお送りします。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScid3YTWz3Zjzu9g7npxMsuIBscuZ__DaRYnpCfW8pDaEM7aA/viewform

企画を新たに持ち込みたい!という方は、こちらから申し込みをお願いします。
http://kyofes.kusfa.jp/cgi-bin/Kyo_fes/wiki.cgi?page=%B4%EB%B2%E8%BB%FD%A4%C1%B9%FE%A4%DF
趣味のあう仲間を見つけるチャンスですよ!


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