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わたしの出会った判事たち ー12ー

ノーブルな男性(ひと)(2)

H判事は新年会でも歓送迎会でも各テーブルを回り、にこやかに雑談する。
「判事さん、判事さん。実は」
「ビールどうぞ。え?ジュース?ウソでしょう」
「単身赴任は大変でしょう」
「洗濯物はどうしているんですか。宅配便で奥様に送るとか」
判事は笑って、
「自分で洗いますよ。それぐらいはしますよ」
「さすが。戦後生まれですね」

判事の周りには調停委員がひしめいている。
わたしも判事さんと雑談とやらをしてみたい。

わたし,その頃はベテラン、ほとんど長老。二年後には定年だ。多少の図々しさは許されるだろう。
人の空いた時を狙って判事に近づいた。

「わたし、実は判事さんのファンなんです」
「それは光栄です」
判事は頬を赤く染めた。わー。赤くなってる……。
「たくさん、判事さんの事案をやりたいのに、全然、仕事来ないんです」
「それはもったいない。是非、たくさん、働いて欲しいですよ」
「判事さんに忌避されているのかも、なんて思っているんですよ」
「とんでもない!忌避なんてしませんよ。書記官に仕事回して欲しいって言えばいいですよ」
「えー?そんなこと言っていいんですか」
「いいんですよ」

そこにオトコ委員が割り込んできて、話を取ってしまった。
もう~、わたしは大先輩なんだから、すこしは遠慮してよ~
張り合っているのもみっともないから、場を離れる。

それから三日後、H判事の事案が来たのだ!それから次々に仕事が~。
自分がちょっと認められたようで嬉しい。

多分、調停委員は誰しも判事に認められたいという欲望をもっているのではないかま。

定年退職した年頃の集団。出世も昇給もない。日当も決して高くはない。
何が愛しくて(かなしくて)働いているのかっていうと……。

社会に役立っているという自負心(世間がどう思っているのかは知らないけど)。そして、判事と呼ばれる人たちに自分を認めてもらいたい欲望。
このふたつが原動力。

調停委員って、ちょっと怪物めいている。ジジババといっていい(!)年頃なのに、仕事欲でギラギラ光っているなんて!

わたし自身、その一員だけど、そう感じる時がある。自分も怪物になっちゃったかな、なんて思うことが。

働き続ける気力を保つには『欲望』が必要なのだ。名誉欲、承認欲など、それぞれの欲望が。

多くの人が『欲望という石炭を』燃やして働いている。だから社会は回っている。

コロナですっかり「働き方」が変わってしまったけれど、わたしが現役のころはそうだった。

判事とたまたま二人きりになった時、わたしは言った。
「今、似顔絵講座を通信で受けているんですよ」

判事は目を丸くした。それから目を細めて微笑んだ。
「素敵ですね。描いてもらいたいなあ」

調停の日に、H判事の似顔絵を描いた色紙をカバンに忍ばせて持っていった。渡せるチャンスがあったら渡そう。渡せなかったらそれでいい。

事件は不成立かと思われたが、急転直下、調停成立。
最後に花束をもらったような、泣きたいような嬉しさ!

当事者がいなくなり、相方の調停委員がトイレに立った時、思い切って色紙を出した。今後、H判事と組んで仕事が出来るかどうかは分からない。さようならが近づいているのだ。勇気をもとう!

「判事さんの似顔絵です。飽きたり、邪魔になったら、遠慮なく捨ててください」
H判事は頬を染め、こぼれるような笑みを浮かべた。
「ありがとう。この絵は一生の宝にします」

裁判所の玄関を出ると、夕空に淡い月が浮かんでいた。優しい、優しい姿のお月さまが……。

似顔絵のこと、一生の秘密にしようと思っていたけど、もう時効だと思って……!!(^^)!

        続く。次回配信は日曜日予定

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