MAKING THE ROAD
みなさんどうも実行委員の黒金です!
初めてこういうのを書きます。
光栄ですし、自分にしか書けない内容を書こうと思います!
なぜ俺がくさのねフェスの実行委員をやっているのか……みなさん知らないでしょう??そりゃあそうです、誰にも言ったことはありません!
それを今回満を辞して書かせていただくっちゅー話です。良ければ最後まで読んでいただき、俺に会ったら「読んだよ!」とか「文才無いね!」とか言ってもらえると嬉しいし泣きます。。。
簡単に自己紹介をしますと、俺は実行委員でありながらQLTONEとクロトミクトガネ(KMG)でベースを担当しています。そして元々はSound Stream sakuraのホールスタッフでもありました。今やお馴染みのサンストスタッフ海野の教育担当は俺でした。つまりあいつの先輩です。だから何だよって話ですよね……。
昨年のくさのねフェス2021では実行委員をやりながら2つのバンドで主演もしました。完全に調子に乗ってると思われがちですが、調子に乗ってると思います。エヘ!
俺とくさのねフェスの出会いは、2017年に開催したくさのねフェス第一回目への出演でした。ご存知の方もいると思いますが、その時はEmyFeelin'Goodというバンドをやっていました。
当時は佐倉市にパンクバンドが多分俺らとマッドネスマンボウだけだったので"フェスを盛り上げるのは俺らだ!フェスが1番似合うバンド!"みたいな想いを勝手に持っていました。ただ第一回目の開催だったので、佐倉市にフェスなんて多分ほとんどの人が想像もつかなかったでしょうし、"僕らの街に何が起きてるんだろう"って思っていた人も少なくなかったんじゃないでしょうか。"どんな人が集まるんだろう?"といった【お客さん】と【出演者】の双方の期待と不安、当時の俺らはそれを良い意味でぶっ壊してやりたかったんですよね(俺だけかもしれない笑)。
今だから言えるけど、押したら倒れそうな柵、日光をモロに浴びるステージ(前に出過ぎたからかも)、客と演者の区分けの曖昧さ、メチャメチャに手探りで、初々しさがとても好きだなと感じました。パンクメロコアを普段聞かないお客さんからはキョトンとした反応だったのも良い思い出になりました。
『でっかいライブハウス』
そんな感覚でした。
余談ですが、その時にやたら握手してくるオジさんがいて、それがKMGのまさしさんだったんですよ……まさか5年経った今一緒にバンドやってるとは当時は思いもしなかったです笑
残念ながらEmyFeelin'Goodは2018年の冬に解散したので2019年の第三回開催には出演者としては出ていませんでした。ですが開催日が近づくにつれ、"毎年楽しませてもらっていたくさのねフェスに今年何も関わらないのって、なんかムズムズする……"と思う気持ちが強くなりました。そして開催日の1週間前にSound Stream sakuraのシラハタ店長に連絡し「雑用でもいいので手伝わせてください」と頼みました。
案の定雑用をやりまくっていましたが、自分のわがままみたいな理由で参加したのに、くさのねフェスを楽しんでいる【お客さん】、【出演者】、【実行委員】、【ボランティア】、【佐倉市役所の方々】の、『くさのねフェスを楽しんでいる姿』を見たら、やりがいを勝手に感じちゃったんですよね。それはサンストスタッフで働いている時と似たような感覚でした。そこからは自然な流れで実行委員になったと思います。
さて、マジで長くなりました笑 こんなはずじゃなかった……。
さて(2回目)コロナ禍になって2020年に開催できず、2021年には2年越しに開催出来た昨年がありまして、【お客さん】や【出演者】も色々思ったはずです。勿論【実行委員】も色々思いました。"今大切にしなきゃいけないことってなんだろう?"メチャメチャに考えました。娯楽は自粛、とも言われました。"望んでない人が多いんじゃないか……?"って不安でいっぱいでした。でも昨年のお客さんに
「開催してくれてありがとう」
「来て良かったです!」
「来年も行くからね」
って言われまして……嬉しい……またやるっしょ!!!
お客さんに喜んでほしい、また来年も来たいと思ってほしい。
超単純だけど、そういう気持ちだけで実行委員やってるかもしれないです。今年も馬車馬のように働きますで!
みなさん!今年も何卒よろしくお願いします!黒金でした!
くさのねフェス実行委員 クロガネヒトシ
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