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疑惑まみれのNHKスペシャル 現代のベートーヴェン 佐村河内守



五木寛之は「もし、現代に天才と呼べる芸術家がいるとすれば、その一人は、間違いなく佐村河内守氏であろう。命をすりへらしながら創るその音楽は、私の乾いた心を打たずにおかない。ヒロシマから生まれた人間への鎮魂曲が、彼の曲である」と、彼の登場に最大級の賛辞を贈っている。しかし この人はやがてペテン師と糾弾されて転落していく。

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百年後の作曲家を目指す少年少女たちへ  古賀淳也

 二〇〇八年に出会って以来、佐村河内さんの取材を重ねてきましたが、最初は、挫折と再生を繰り返しながらも作曲を続ける佐村河内さんを、今の時代をともに生きる人たちに知ってもらいたい、この人物を紹介することがメディアの役割の一つだと思い、番組を作っていました。

 こうした思いは変わらずにありますが、今は、もう一つの自分なりに大切な役割があるのではないかと感じるようになりました。それは五〇年先、一〇〇年先の未来の作曲家を目指す少年少女たちのために、佐村河内さんの壮絶な創作活動をテープに収め、後世に残していくということです。

 この本を書いている2013年10月現在、「交響曲第1番HIROSHIMA」が十八万枚のセールスを記録し。各メディアで取り上げられるなど、「佐村河内ブーム」とも言える現象が起きています。その流れに乗ってアルバムを購入する人や、ブームを嫌い、あえて知ることを避ける人もいます。

 しかし私は、そうした次元ではなく、佐村河内さんの作品は日本のクラシックの歴史に大きな足跡を残すことは間違いないと、誰が何と言おうとも信じています。そして百年後の子どもたちは、音楽の授業で佐村河内守を学ぶことになるでしょう。

 音楽を学ぶ未来の子どもたちが何かに悩みつまずいた時、佐村河内さんの創作の様子を記録した映像を見れば、大きな勇気と希望を感じてもらえるはずです。
(古賀淳也著「魂の旋律──佐村河内守」)

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 疑義まみれのNHKスペシャル  神山典士

 2013年3月31日、夜9時から放送されたNHKスペシャル『魂の旋律~音を失った作曲家』の内容を振り返ってみよう。
 まず「交響曲第一番HIROSHIMA」が東京芸術劇場で演奏された直後、満員の観客がスタンデイングーオベーションを展開し、その中を杖をついた佐村河内がステージに向かうシーンから始まる。ナレーションはこう入る。

 「鳴りやまないスタンデイングーオベーション、迎えられたのは作曲家・佐村河内守。しかしその賞賛の声は彼には届かない。両耳の聴力が全くないのだ」
 画面には99年の「Time」誌の誌面が映し出され、「現代のベートーヴェンと呼ばれている」、「最近の人気投票でもショパンやブラームスなど偉大な作曲家と並び彼の作品が選ばれた」とナレーションが入る。

 発作に苦しむ佐村河内の様子、テレビのスピーカー部分に指を当てて音を「聴いて」いる姿、さらに立ち上がれずに這って部屋を出る姿などが映し出される。
 ナレーションはこう続く。
 「去年の暮れ、日本の音楽界に衝撃が走った。クラシックのCDが7万枚を越すという異例のセールスを記録したのだ。EXILE、ユーミン、ミスチルを抑え売上一位に輝いた曲こそ、佐村河内守作曲『交響曲第一番HIROSHIMA』 だ」

 ここでアマゾンのヒットチャートの画像が流れる。さらに作曲家・三枝成彰の「佐村河内こそ21世紀の新しい音楽だ」というコメントと、音楽学者・野本由紀夫の「一音符たりとも無駄がない。命を削って書いた音楽だ」という解説が入る。

 倒れたビルや瓦礫が散在する東北の被災地の様子をバックに、ナレーションはこう続く。
「この曲は東日本震災の被災地で、希望のシンフォニーと呼ばれるようになった。きっかけは震災十日後、福島の避難所からあるブログに届いた一通のメッセージ。その後感動の声は全国に広がった」

 そして「交響曲第一番HIROSHIMA」のCDは、放送直後から物凄い売れ行きとなる。番組のナレーションでは「7万枚」だったが、放送後はうなぎ登りに販売枚数が増え、あっと言う問に18万枚を記録。全国コンサートツアーも次々と決まって行く。
  嘘も100回つくと真実になるという言葉がある。
 権威を持って嘘をつくと、人は簡単に騙されるという。
 まさに佐村河内は嘘を嘘で塗り固め、新興宗教の教祖のように誰からも崇められる存在になっていく。
(神山典士著「ペテン師と天才」)

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  演技する「作曲家」     新垣隆
 
『NHKスペシャル』で、彼は撮影クルーに、譜面を書くところを撮影するのは絶対NGだと突っぱねていました。
 もちろんどうしても譜面は必要になります。そのときも、いつものように彼に新宿の喫茶店で楽譜を渡す約束をしていました。しかし、彼から連絡が来て、今ちょっとNHKが張りついていて、外出ができなくなったと言うんです。外出して、受け渡しの現場が見つかったら大変だから、楽譜を送ってくれと。

 聞けば、いよいよ撮影日が決まって、そのときに閉じ籠って書き上げると約束したのだそうです。それまでは、「降りてこない、降りてこない」といって頭を壁にがんがんぶつけたり、海に向かって叫んだりというパフォーマンスをして、最後の奇跡が起こるか否かという演出をしていたようですが。

 その譜面は、撮影される日のお昼着の宅急便で発送しました。宅急便が着いたときに名前でわかってしまうのも困るというので、彼が偽名を指定しました。譜面は音楽のノートに書き、使用前・使用後ということで、真っ白なノートと書き込んだノートの二冊を用意しました。

 彼の方は、これから書きますというところを撮って、そこから部屋に籠って、がんばって徹夜したんでしょうね。一晩中何もしないのも大変だったと思いますが。

 もちろん楽譜というのは、「今、頭の中で完成しました。さあ、これからそれを書きます」といった書き方をするものではありません。真っ白なノートにきれいなスコアをいきなり書くことはないんです。ただ、彼はそういうことも知らないので、平気でそんな要求をするんです。

 とはいえ、ふつう作曲家がどうやって曲を書いているかなんて、ふつうの方はご存じではありません。そうすると、その嘘はあんがい成り立ってしまうんですね。
 それでも、オンエアされたときには、さすがにこれは嘘だろうと何割かの人はわかったはずですよ。

 NHKのスタッフたちにしても、誰も彼が天才だとは思っていなかったでしょう。どうもおかしいなと思いながら、番組を作らなければならなかったんじゃないでしょうか。
 やるか、やめるかを決めるのは、プロデューサーなんでしょうね。プロデューサーがやるといえばやるものですから。途中まではほんとうに気がついていなかったのかもしれません。途中で気がついて、まずい、ということにはなったものの、もう決まったことだから引き返せない、ということだったのではないかと思います。

  2013年の3月に『NHKスペシャル』が放映されたときも、私自身はそれを見ることもしませんでした。自分が関わっているわけですから、怖いもの見たさのような気持ちはあったにしても、根本的に作りものですから。

 その後、五月くらいに見たときには、フィクションとしてなかなかよくできていると思いました。彼がああいう演技をする中で、『HIROSHIMA』が流れるというのが、見せ場になっているわけです。彼の演技のサントラとしての『HIROSHIMA』。これにはまいりました。

 もちろんあの番組はドキュメンタリーでもなんでもありませんが、それをNHKがやってしまっているわけです。CDが出たときも大変だと思いましたが、それがまた急に拡大していて、これは本格的にまずい事態になっていると危機感を覚えました。

 それにしても、あの彼の演技はどうみたっておかしいですよね。シャレにならない。彼は俳優としては松田優作を尊敬しているというんですが、そう思うならば、きちんと見習えばいいのに‥‥。
(新垣隆著「音楽という真実」)

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上演時間三時間にも及ぶ壮大な戯曲が誕生する。この事件を高尾五郎をどのようなドラマにしていくのだろうか。《草の葉ライブラリー》から読書社会に投じると、いくつもの劇団からオフ―があるだろう。この壮大な戯曲が上演される日も近い。果たして佐村河内守は、嘘に嘘を重ねたペテン師だったのだろうか。

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