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仔犬を拾ってきたよ  菅原千恵子

あんり3

 愛しき日々はかく過ぎにき   菅原千恵子

 その年のクリスマスイブの夜も、冷たい木枯らしが吹いていた。母は、一日中台所に立っていて、イブのお祝いのための料理を作るのに忙しい。私の父も母もクリスチャンではなかったけれど、子どもが喜びそうな行事を、とても大事にしていたのだ。母は、子どもの頃、教会の日曜学校にも通い、お寺の子ども説法にも通っていたと言うだけあって、倫理観の強い人だった。

 私はこたつに入って、台所からただよう、おいしそうな匂いを嗅ぎながら、ラジオから流れる音楽を聴いていた。雪村いづみが歌う「オーマイ・パパ」という曲が、夕方の短い時間の間に何度も流れてきていた。歌の歌詞を聞いて、帽子を片手に持っておどけて歩くというのだから、きっとこのお父さんは、ふざけんぼうに違いないと想像し、私の家のお父さんと同じだという幸せな気持ちでいっぱいだった。

 I町にいたとき父も、あまり強くないお酒を飲んで、すっかりいい気分になってしまい私のランドセルをしょって、「お猿のかごやだほいさっさ」と歌いながら、傘をさして本通りを歩いたことがあったのだ。お酒が入ると陽気になる父を思い浮かべながら、賑やかになりそうな今晩の団欒に思いを馳せ、父の帰りを待っていた。

 その時、玄関で父の声がした。
「みんな、ちょっと出ておいで。お父さんからのクリスマスプレゼントだよ」
 私は、こたつをけり上げるようにして玄関へいった。父が、笑って立っている。でも、プレゼントらしきものを父は持っていなかった。
「何にもないじゃない。それより早く早く、お父さん、お母さんが、おいしいお料理作っているよ」
 私が、父を急かすと、父は、自分のオーバー・コートの胸のあたりを見せながらいった。
「プレゼントはこの中にあるんだよ」

 そして、いかにも私を驚かそうという顔で笑いながらコートをぱっと開いてみせてくれた。するとそこにはなんと、小さな子犬が隠されていたのだった。私は、引っ越してきてからというもの、ずっと犬が飼いたくて仕方がなかっただけに、武者震いするほどうれしくて、父に抱きついた。姉たちも母も、どうしたのというような顔で、驚いているが、誰もがにこにこと笑っていたのを私は忘れない。

 父の話によると、人通りの激しい繁華街を、どこへ行くというあてもなくふらふら行きつ戻りつしている子犬がいたのだという。誰かの犬かも知れないと思って通り過ぎようとすると、父の後をついてきて、擦り寄っては、また父と同じ歩調で歩きだしたのだ。それを見て、父の同僚が、きっと捨て犬だから一度かまうと後が大変になるといったらしい。それを聞いて父は拾う決心をしたのだそうだ。

 その夜は、拾った犬のことで持ちきりだった。父は、とにかく、子犬を風呂に入れてからというので、風呂に消えて行き、その間も、どこで寝かそうか、どんな箱を子犬の家にしようかと私たちはやることがいっぱいあったのだ。私はもう興奮してお料理なんてどうでもよくなってしまい、子犬のことで頭はいっぱいだった。母だけが、早く食事にしようと、かなきり声を上げていた。私たち姉妹が、すっかり犬のことで夢中になっているのを知って、先が思いやられると感じていたのだろう。

 父が、まるで、別の子犬かと思うほどこざっぱりときれいになった犬を連れて、風呂から上がってくると、私はもう酔っ払ったようになって子犬を抱き取った。白地に黒と茶色が地図模様で体にあった。さっきまで薄汚れて灰色だったのがきれいに洗ってもらったために、その模様ははっきりと美しく、抱くと浴用石鹸のいい匂いがした。父はいった。
「今、風呂場で考えたんだが、この子の名前は、ゴンタっていうのにしよう。どうだろうか」

 私たちに異存はなかった。すぐその場で、私はゴンタとなんども呼んでみた。ゴンタは、きょとんとした顔で私に近づき、私が差し出した手を赤い舌でなめてくれたのだ。私はゴンタが可愛くて可愛くて堪らなくなっていた。お腹が空いているらしく、ゴンタは、私たちの食べるものならなんでも食べ、最後にはクリスマスケーキも私たちと一緒に食べたのだ。こんな幸せなクリスマスなんて、これまでなかったような気がして、私は幸せに満たされて眠った。翌日の朝、枕元には、ピンクのぼんぼりが付いた手袋と、赤いネッカチーフが、サンタクロースから届けられていた。

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