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ピンクのぞうさん

広島駅へ向かうバスは、ちょうど通勤通学の時間帯で混んでいた。空港に向かうため、大きなバッグを抱きしめている私と違って、ほとんどの人はルーティンの朝だ。バスが走り出して間もなく、聞き慣れた定型文ではない、運転手さんの車内放送があった。

「お忘れ物のご連絡がございましたので、皆さまにお願い致します。ピンクのぞうさんがついたお弁当袋にお気づきのお客様、いらっしゃいましたら乗務員までお知らせください」

ざわめくバスがシーンとなって、背もたれから見える頭のいくつかが、座席下を覗くのが分かった。ピンクのぞうさん、いないかな? 忘れたのは、保育園に子どもを送る途中のママだろうか。もう諦めているかも。多分、その時そこにいた多くの人が、同じことを思っていた。

運転手さんの低い声が「ピンクの象がついた弁当袋」ではなく、「ピンクのぞうさんがついたお弁当袋」というのが微笑ましく、みんなの心配する気持ちを誘っていたように感じた。それだけの話なのだけれど、無事に帰るべき場所に帰られていたら良いな、ピンクのぞうさん。

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