ウラえもん ろひ太のケミカル西遊記1「スニ夫はセレブ」
スニ夫が慣れた手付きで、ブロック状のコカインを崩していく。
学校一の金持ちであるスニ夫がどこからネタを引いてきているかは分からない。しかし、このコークは飛びきりだった。乳白色に近い色、ガチガチのロック。巷のプッシャーから引けば、グラム3万は下らない代物だった。
ライン引きは黒いテーブルの上で行われる。これはわざわざスニ夫の母親が買い与えたものだ。毎月1回、クラスメイトとウラえもんはこの部屋に集い「王様の時間」を味わうのだ。
「おい、スニ夫、早くしろよな」
待ちきれないジャEアンは声を上げた。
「そう言わないでよ、ジャEアン、これはセレブなものなんだからさ」
スニ夫はまずはクレジットカードで、そして次にカミソリを使い、コカインを粉末状にしていく。
「そうよ。ジャEアンさん、コークの味は恍惚の味って言うじゃない。速いの(※覚醒剤)なんかとは違うのよ」
そう言いながらもヘロかちゃんの視線はテーブルの上に引かれていくラインに釘付けになっていた。白目が充血しているのが分かる。昨晩、しこたま吸ったマリファナがまだ抜けていないのだろう。
「ヘロかちゃんに言われたらしょうがねえ。なあ、ろひ太」
ジャEアンがろひ太のほうを向くと、彼は眠そうな顔をしていた。
ベンゾジアゼピン系の睡眠薬を常用しているろひ太が覚醒している時間は少ない。愛用のロヒプノールが製造中止になってからは同一成分のサイレースに切り替えているが、薬効が弱まった気がして服用量が増えていた。今もうつつな状態にあるのか、とろんとした目で頷くだけだった。
その隣ではウラえもんが小指ほどの太さのジョイントを巻いている。
数ヶ月前まで彼はケミカル系ドラッグにハマっていたが、最近はナチュラル志向になったのか、マリファナをベースにした生活を送っている。それに伴い、一時は長瓜のように痩せ細っていた顔も、ふっくらとした丸みを取り戻していた。
しかしろひ太たちは、なぜウラえもんがケミカルを遠ざけ、ナチュラルを好むようになったのかは分からなかった。
「ヘロかちゃん、お札巻いてくれるかな」
そう言ってスニ夫は100ドル紙幣を差し出した。これもスニ夫ならではのこだわりだった。コカインの摂取方法は主に鼻から吸い込むスニッフィングである。その際に紙幣を丸めてストロー状にしたものを用いるが、セッティングにこだわるスニ夫はハリウッド映画さながらの雰囲気を求め、100ドル札を使ってスニッフィングに臨むのだった。
テーブルの上には5本の太いラインが引かれた。
待ちきれないジャEアンは身を乗り出し、今までまどろんでいたろひ太もラインに注目し始めた。
ヘロかちゃんは100ドル紙幣をストロー状に巻き終え、それと時を同じくしてウラえもんもジョイントを完成させた。
「では、いきましょうか。でも、その前に」
スニ夫がそう言って、パチンと指を鳴らすと、母親が姿を現した。
「スニちゃま。用意できてるざます」
母親はシャンパンと5つのグラスを持ってきた。それを手際よくテーブルに並べていく。それぞれの目の前にグラスが並び、準備は整った。
(イラスト:キメねこ)
「まずはヘロかちゃん、どうぞ」
スニ夫が言うと、ヘロかちゃんはハニかんだ表情を見せた。
「いいの?」
「もちろん」
「じゃあ、みなさん、いかせてもらうわね」
ヘロかちゃんは右の鼻から一気にコークを吸い上げた。「あればあるだけ」「行けるところまでとことん」というのが信条の彼女の吸いっぷりには定評がある。
ヘロかちゃんは目を閉じ、顎を少し上に傾けている。10秒ほど経ってから彼女は言った。
「これ、美味しい」
しばらくすれば喉に甘苦い味が落ちてきて、心地よい痺れがやってくるだろう。ヘロかちゃんはスニ夫にストロー状の紙幣を渡し、みなラインを吸い込み始めた。
(つづく)
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