ウラえもん ろひ太のケミカル西遊記11「愛の国ガンジャーラ」

バラナシには「インドの背骨」と喩えられるガンジス河が流れている。

ろひ太たちはガンジス河沿いの宿に泊まりながらウラえもんを探していた。カルカッタとは違い、ここでは何人もの目撃者を見つけることができた。

あるインド人は言った。

「その青いやつは1ヶ月ほど前にネパールに行った」

別のインド人はこう語った。

「そいつはブッタガヤに向かうと言っていた」

また別のインド人はこうだった。

「デリーにしばらく滞在する予定らしい」

ジャEアンはやきもきしていた。見たことがあると答えるインド人は多いのだが、情報が矛盾しているのだ。ウラえもんはしばらく前までバラナシにいたらしいが、どこに移動したのかは分からなかった。

今後、どうやって動けばいいのか、ろひ太たちは決めかねていた。それでも、ろひ太は嬉しかった。ここにきてようやく足取りをとらえることができたのだ。
ウラえもんの写真を見せると、ゆっくりとインド人は頷く。その仕草を見たとき、確かにウラえもんがここにいたんだと実感を覚え、目頭が熱くなるのだ。

ろひ太たちの宿には日本人バックパッカーも泊まっていた。

そのうちの1人、青山氏が捜索に協力してくれることになった。この申し出は願ってもないものだった。ろひ太たちは言葉が不自由であるがゆえに、情報の信憑性を吟味できずにいた。

青山氏は一流私立大学出身ということもあり、語学に堪能だった。その上、彼自身、かなりのジャンキーであり、ろひ太たちと話が合った。「人生は死ぬまでの暇つぶし」が座右の銘であるという彼は丁度いい距離感で、ろひ太たちと向き合ってくれた。

彼らは夕方の沐浴場に向かった。

ガンジス河には生活のすべてが溶け込んでいる。

人はここで洗濯をし、身体を洗い、排泄もする。そして組み立てられた薪の中で死体が焼かれていく。ある程度まで焼けたところで、死体はガンジス河に投げ込まれる。ヘロかちゃんと青山氏がその光景を見て、乾いた声で笑っている。なにが面白いのか、ろひ太には分からない。

青山氏が言う。

「あっちに行ってみようか。知り合いのサドゥーがいてね。彼ならなにか知っているかもしれない」

そこには目を閉じて座禅を組んでいる白髪の老人がいた。

彼の周囲には花やコイン、食べかけのパン、薬瓶、野球のグローブ、水パイプなどが無造作に置かれている。信仰の対象になっているようだ。

「彼はね、30年間、ずっと座っているらしいよ」

青山氏の言葉にろひ太は声を上げた。

「30年! そんなに長く」

「僕たちの尺度でとらえたら長いかもしれない。だけど、彼の中ではそういうわけでもなさそうだよ」

青山氏はサドゥーに声をかけた。ろひ太にもそれが英語ではないことは分かった。現地の言葉、恐らくヒンドゥー語だろう。

サドゥーは目を開けた。

白目にはまったく濁りがなかった。その反面、黒目は異様な光沢を放っている。

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            (イラスト:キメねこ)

「写真、貸して」

青山氏にウラえもんの写真を渡すと、彼はサドゥーに見せながら説明をしている。説明を聞いたサドゥーはしわがれた声で短く答えた。

青山氏が振り返って、ろひ太たちに告げる。

「知ってるって」

「ホントですか?」

「そう言ってる」

「いつ頃、ウラえもんがいたか分かりますか? 何度も聞いてもらってすいません」

今度は青山氏とサドゥーの話は長かった。しばらくして青山氏がろひ太たちに内容を伝えた。

「この人は君の友達に会ったそうだよ。しかも、いろいろ話したって言ってるよ」

「どんな話をしたんですか?」

すでにそのあたりはサドゥーから聞いていたらしい。

「君の友達はガンガーに沈もうとしていたらしいんだ」

ろひ太の脳裏に、真っ暗な河底に沈んでいくウラえもんが浮かんだ。

「沈む……?」

「でもね、沈んではいないようだから心配はしなくていい。君の友達は毎日、河辺にきて座っていたんだって。それをこの人はじっと見ていた。そして、ある日、会話をしたらしいんだ」

ウラえもんはサドゥーに生きている意味が分からないというようなことを言った。このまま機械としてやっていくしかないなら、ただの道具と同じだ。感情を得ることができないなら、なんの希望も抱くこともできない、と。

サドゥーはほとんど黙って聞いていた。時折、ぽつぽつと話した。

「お前は死にたいのか?」

サドゥーはウラえもんに聞いた。ウラえもんは正直に答えた。

「死にたいかどうかは分かりません。でも、それもいいかなと思います」

サドゥーは首を横に振った。そしてしばらくなにも言わなかった。

大きな雲のかたまりが1つ2つ上空を流れた。サドゥーは口を開いた。

「ここは死を迎える場所だ」

「死を迎える?」

「ここにいる者はみな死を迎える者たちだ。しかし、それは決して求めているというわけではない」

今度はウラえもんが黙る番だった。サドゥーは静かな口調で続けた。

「お前のように慌しく死のうとする者がいるべき場所ではない」

ウラえもんは言葉を噛みしめた後、小さく頷いた。

「ここで沈むのはやめました。もう少し考えてみようと思います」

それを聞いたサドゥーは目をつぶり、それ以降は外の世界に意識を開こうとはしなかった。何度か日が落ちてまた昇り、次にサドゥーが目を開いたとき、ウラえもんの姿はなかったという。

サドゥーと別れたろひ太たちは宿に戻ることにした。

ウラえもんは恐らくデリーに向かったのではないかと考えた。

バラナシからは南下してカルカッタに向かうルートの他に、バスでネパール入りするルートや北上してデリーに向かうルートなどがある。

カルカッタはすでにろひ太たちが調査して消息がつかめなかったし、ネパール入りに関しては青山氏がカトマンズ行きのバスの係員に尋ねてくれた。ウラえもんの姿は見ていないということだった。となれば、デリーに向かった公算が高い。

ろひ太たちは明日、バラナシを後にしてデリーを目指すことにした。

青山氏もできることならついていきたいと言うが、それは申し訳ないと断った。彼はしばらくヘロインで沈没する計画だという。互いの無事を祈って別れた。

「今日でバラナシも最後かー」

ガンジス河の川辺でジャEアンがバッズとハシシをミックスさせた極太のジョイントを取り出した。火をつけてジョイントを回した。

「ウラえもんに会えるね」

ろひ太が言った。

「会えるな」

ジャEアンが頷いた。

「3日後にはみんな一緒にいるのかな?」

「いると思うわ」

ヘロかちゃんは頷き、スニ夫は咳き込んだ後に言った。

「ウラえもん、もうすぐだから待ってろよな」

すぐに4人とも酔いが回った。

目の前には大きなガンジス河がある。太陽は真っ赤に燃えながら今にも沈もうとしている。4人はいつしか肩を組みながら横に揺れていた。

誰かがゴダイゴの「ガンダーラ」を口ずさみ始めた。すぐにそれは合唱に変わった。いつの間にか、「ガンダーラ」の部分が「ガンジャーラ」に変わっていった。

 そこに行けば どんな夢も
 叶うと言うよ
 誰も皆 行きたがるが
 はるかな世界
 その国の名はガンジャーラ
 どこかにあるユートピア
 どうしたら行けるのだろう
 教えて欲しい
 イン ガンジャーラ ガンジャーラ
 ゼイ セイ イット ワズ イン インディア
 ガンジャーラ ガンジャーラ
 愛の国ガンジャーラ

(つづく)

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