見出し画像

世界史の学習にあたって

 ここ数か月、高校生用の歴史の参考書と問題集を購入していわゆる「学びなおし」に励んでいる(学び直すとはいっても高校生のころに学んではいなかったのだが)。

 日本史・世界史の知識は、高校生の頃に学ばなかったためにもっぱら一般書によるところが大きい。
 そのため知識が虫食い状態で体系的ではなく、それが長い間ずっと喉にひっかかかった小骨のように、はたまた見て見ぬふりを続けていた宿題のように、ネックになっていた。
 それを一念発起して学び直そうと思ったのが2021年のこと。
 以来、慣れない学びに進んでは戻りを繰り返しつつ、えっちらおっちらそれでも前に進んでいる。
 そんな数か月が過ぎ、歴史の勉強も波に乗って来た感があるなかで、少しずつ身になってきたことがあるのでここに記しておきたいと思う。

 まず「歴史を学ぶ」というが、そうはいっても最初は流れが重要になる。
 何年に何があって、その後なにが起こって、それが関係して次に何が起こる、という流れを頭に入れなければ話が進まない。これが大変な作業になる。とはいえ私は受験生でもないので、分からなければ参考書にあたればいいとそこは諦めている。大事なのは流れなので、最低限何が起こったかということを頭に入れている。
 次に大事なのは想像力だ。「アーリア人がカイバル峠からインド北部へ流入」とただ覚えてもつまらない。当時のカイバル峠がどのようであったのか、アーリア人は具体的にどのようにインド北部に流入したのか、その原動力はなんだったのだろうか。考えても決して分からないことまで想像力をはたらかせてゆく。戦でもあれば、それはもう血を見るのだから、恐怖におののきながら、それでも歴史を追ってゆく。しかし。想像力とはいってもたかが現代日本人(外国人)の貧しい想像力である。そこは資料集を大いに参考にしたい。当時の人が何を考え、何に悩み、何をよりどころとし生きていたのか、拙い想像力をめいっぱいはたらかせて記憶に焼き付けていきたいところである。
 最後に「歴史『に』学ぶ」というが、いったい何を学ぶのか考えたことがあるだろうか。私は今現在歴史を学びながらも、いったい自分が歴史に何を学べばいいのか分からないでいる。今学んでいるのは古代だ。壮大なロマンあふれる(ように思えるが実際はそんなことはない泥臭い日常が続いていたであろう)古代の文明の中に生きる人々に、いったい何を学べばよいというのか。たとえば「カエサル」一人とってもそうだろう。彼はローマの政治家兼軍人だが、ガリアという地域を征服して求心力を得たのちほぼ独裁といっていい権力を手にするがそれがいきすぎて結局暗殺されてしまう。彼の生き方に学ぶところは何であろうか。そんなことを考えてみる。残念ながら現代日本に生きていて「どこかの地域を支配したい」といった欲など無縁に等しい(政治家とかはそうなのかもしれないが)。しかし「勢いにのった時ほど足元に用心しなければならない」というふうに抽象化すれば、なるほど学びとなるだろう。今の段階ではこれくらいの学びにしかならないけれど、人によっては同じ学習でももっと具体的に役立つ学びを見出せるのかもしれない。うらやましい。そこは今後に期待する。
 
 今はまだ途上にある私の歴史の勉強だけれど、こんなふうにじっくりと勧めていけば、いずれ見えてくるものもあるだろう。
 とりあえずそんなふうに思って、日々の学びに向かっている。
 世界史が終わったら次は日本史を学ぶ予定でいる。先は長いが、人生の楽しみと思いえっちらおっちらやっていこうと思っている。
 日本史を終えたら、数学をやろうと思っている。その次は物理・化学・生物・地学と駒を進めていこうと思っている。
 何年越しの予定だけれどやりがいはある。
 毎日の自分の一歩に期待しつつ、この長い道のりを歩いて行きたいと思う。

よろしければサポートをお願いいたします!励みになります!!( *´艸`)