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みじかい小説#128『七夕前夜』

 奇想天外な小説を読んだ朝には、反動でしばしぼうと空をみあげたくなる。

 場面の切れ端を脳裏に浮かべて、ソファに身をおちつけ、コーヒーに口をつけ口を潤す。

 頭はまだ小説のうつろな残り香の中をただよっており、とるもの手につかず、ベランダで揺れる洗濯物を見るともなく見ている。

 明日は七夕たなばたである。

 伝説によると、天の川でわかたれた織姫と彦星が、年に一度、7月7日に出合うらしい。

 読み終わった小説がハードボイルドだっただけに、私の頭は、とてもじゃないけど今はそんなロマンチックな雰囲気には浸れない。

 しかし、たしか七夕の日には、竹の枝に願い事を書いた短冊をぶらさげるとそれが叶うと言われていることを思い出す。

 はて。
 今の私の願い事はなんだろう。

 久々に思いを巡らせると、長い間、願い事など抱いていなかったことに思い至った。
 もちろん、日々抱く小さな不満はある。
 それなりに忙しい毎日を送っており、家事に育児に週3回のパートでストレスも感じている。
 けれども、そんな忙しい日々に追い立てられるうちに、いつしか願い事を抱くということも忘れてしまっていたらしい。
 これはいかん。

 そういうわけで、私は午後、ひとりデスクに向かい、短冊に書くための願い事を真剣に考えだした。

 ところが、いざ願い事をひねりだそうとすると、あれもこれもと浮かんでくる。
 たとえば、小さなことだと、そろそろ美容室に行って髪をどうにかしたいだとか。
 たとえば、新しいケーキ屋さんが近所に出来たので、行ってみたいだとか。
 子供の服を新調したいだとか、旦那の靴下を新調したいだとか。
 けれども、どれもこれも、短冊に書くのとはちょっと違う。

 果たして、私の願い事っていったい何だろう。

 私は真剣に考える。

 そういえば、今朝読んだ小説の中では、人がばんばん死んでいた。

 じゃあ、と思い、私は画用紙でつくった短冊に、「世界平和」の四文字を書いた。

 うん、いい感じだ。

 漠然としているのがアホっぽくていい。

 ひとりその場でからからと笑った。

 けれど地球のどこかでは、今現在、この願い事が笑えない人がいるのも事実だ。

 彼等のために、何ができるかしら。

 私は少し、真剣に考える。

 そしておもむろにパソコンを開くと、「世界 寄付」で検索をかけた。

 検索結果には、ずらりと寄付を求めるサイトが並ぶ。
 次のページに行っても、また次のページに行っても、まだサイトの列は続いている。

 世界にこんなにも寄付を求めるサイトがあったなんて。

 私は少し、驚いた。

 どこがいいのか分からなかったけれど、私は一番有名で、私も聞いたことのあるサイトをクリックした。

 そして案内に従ってクレジットカードの番号を入力し、月100円という選択肢を選び、「確定」ボタンを押した。

 願う前に、行動すること。

 これは母の教えである。

 その上で、私は目の前の短冊を、竹に見立てたベランダのポールに吊るした。

 オレンジ色の画用紙が、ひらひらと風に揺れる。

 空をみあげると、雲一つない青空が広がっていた。


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