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若き君らに—二つ目応援記〜天神亭日乗12

十月十六日(日)
 文京区駕籠町会館「巣鴨元気寄席vol.122」桂竹千代ネタおろし落語会
桂竹千代さんは落語芸術協会所属の二つ目。明治大学の大学院で上代文学を専攻。専門の古代史や上代文学をテーマにした落語も創られていて「落語DE古事記」の著作もある。しかし古典も熱心に勉強されているのだ。彼の勉強会であるこの「巣鴨元気寄席」の回数に驚く。これだけネタおろしをしてきたということだ。
 今回のネタは「三年目」。私が癌闘病の際に志ん朝師匠のCDを聞いて涙した思い出の噺だ。ある会の打ち上げで竹千代さんにその話をさせていただいたことがあった。「覚えようかな」とはおっしゃっていたが、まさかこんなに早く勉強してこられるとは。予告を見て嬉しくてすぐこの席を予約した。
常連さんが集まった和やかな会での「三年目」。竹千代さんの芸は明るい。この少し哀しさの滲む噺も可憐な妻、誠実な夫の姿がよく出ていて若い夫婦の情愛を感じさせた。またどこかで聞けると嬉しいと思う。
 
十月二十八日(金)
 上智大学カトリック・イエズス会センター「笑の兄弟会」
 今年度の春学期から月末の金曜に開催。
 この落語会は学生はもちろん教職員、学外の人も予約なしでふらりと訪れることができる。会場はいわゆるチャペル。壁の小さな十字架が金屏風がわりで高座がしつらえられている。昔から落語会は寺や神社を会場にしていることが多かった。信仰の場は人が集まる場であったのだ。そして人の語りを聞く場でもある。
 この会を始めたH先生は「ここに集まる皆が兄弟のように一緒に笑いあう集いの場にしたい」とこの会の名を「笑の兄弟会」とした。学生と年齢の近い、二つ目の噺家を中心にお呼びしている。
 秋学期の初回は春風亭枝次さんだ。枝次さんはこの上智大学の卒業生だという。春風亭百栄師匠のお弟子さんで、この十一月から二つ目に昇進。「春風亭だいえい」と名前も変わる。身長も高く、大きな身体にかわいらしいお顔をされているので、ちょっと野球の大谷選手の雰囲気だ。百栄師匠の会で高座を何回か拝見したが、本当に上手で面白い。独特のフラもある。人気が出そうな有望株だ。
 楽屋入りした枝次さんにH先生がお声がけをしていた。枝次さんの出身学科のS先生もお越しになると告げると、ちょっと後ずさってこう言った。「卒論の副査です。」
 開場してすぐ人が入り始めた。初めて来る学生もいる。いつもの落語愛好会のメンバーも仕事終わりに寄ってくれた。枝次さんの幼馴染や学科の同級生も駆けつけてくれたようだ。S先生もそっと入室し、後ろのほうの席に座った。ほぼ満席である。
 母校での凱旋公演、しかも二つ目昇進直前の、大変メモリアルな会である。ご本人もこの客の多さに驚かれたようだが、マクラを始めると、このキャンパスでの思い出や落語との出会い、卒業後に勤めていた映画会社での出来事など、どれも楽しく飽きさせない。とくに「あ、今、教授と目が合いました」と話し出した卒論のエピソードは今でも思い出して笑ってしまう。今後もマクラで使ってほしいと思う。
 今日、彼がかけたネタは「犬の目」と「目黒のさんま」。「犬の目」は何度か聞いているが、このシュールなネタも枝次さんのトボけた感じとクスグリの間の巧さで本当に笑いを誘う。「目黒のさんま」はこの季節によく寄席でもかかるが、今回口演した型のものは初めて伺った。端正な語りでとても良かった。
 小学生の時から落語を聞いていたという、筋金入りの落語好きの少年が、長じて落語をテーマに卒論を書き、映画会社の会社員から転じて落語家を志す。また弟子入り先が百栄師匠というのも本当に素敵だ。お二人に共通するのは落語愛。落語を愛してやまない師弟の絆を感じるのだ。
 春風亭だいえいの真打昇進もまたぜひお祝いしたい。その日まで元気で頑張ろう。 

十月二十九日(土)
 阿佐ヶ谷不二庵 三遊亭青森独演会vol.1「煽動と抱擁」
 三遊亭青森さんは白鳥師匠の一番弟子。彼の新作落語はかなり実験的な作品もあるが、不条理な世界、文学的な香り、そして本人の風貌と演技もあって引き込まれる。叫びのような、アジテーションのような青森さんの語りは魅力がある。
 今日彼がかけたのは「粗忽長屋」「雨に噺せば」「宿屋の富」どれも面白かったが、この青森版「粗忽長屋」は笑わせながらもだんだん哲学的な問いにはまりこんでいく。エッジの効いた新作と青森風の味付けの古典、どちらも楽しみな噺家だ。

 十月は沢山の落語会を見たのだが、特に二つ目さんたちの活躍を書き記しておきたくなったのも、この十月に落語協会の師弟の間でのパワハラ問題が明るみに出たからだ。落語を愛し、志を持って入ってきた若者が理不尽な暴力や嫌がらせを受けていたことを知り、一ファンとして悲しく思う。お小言も叱責も弟子の成長のためであってほしい。若い二つ目や前座さんたちが落語という素晴らしい語りの芸を健やかに継承していけるよう願っている。

*歌誌「月光」76号(2022年12月発行)掲載

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