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その日の夜はとても寂しい夜でした。

いなり寿司を包んだラップに水滴が溜まり、テーブルに突っ伏したわたしの肩に誰かの指先が触れました。そんな気がしました。

隙間風に起こされた時には、空は白くなっていました。父が帰らなかったのは今日が最初で最後でした。片方のレンズが割れた眼鏡と茶色い牛革の財布が届けられたのは、洗い髪が乾ききる前の駐輪場での事でした。私服の警察官のネクタイは明け方の月と同じ色でした。くだらない事を覚えているのは、父が好きな色だったからです。

始発の線路を走っていたそうです。少し遠い街の知らない駅名は平仮名とカタカナの混じったセンスの悪い代物でした。きっと二度と下車することの無い改札口をパトカーの後部座席から眺めていました。

白詰草で花冠を作った園庭の隅で、わたしはわたしを撫でていました。「もうすぐお迎えがくるからね」わたしはわたしに小さな嘘を大切につきました。

アイスの棒を立てた詰草の祭壇は、あの日も今日も風に吹かれてコマ送りに揺れていました。