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おまけコロッケ


そこで肉を買うと、竹皮にくるんでくれるのが好きだった。
以前住んでいた家から歩いて五分ほど、隣にお豆腐屋さんのある、古民家のような時間の重なりを感じさせる肉屋だった。
手首のところが絞ってあるシミの着いた割烹着を着たひょろりと背の高いおじいさんと、こちらも揃いの割烹着を着た、腰の曲がって肉の陳列してあるショーケースカウンターから鼻から上だけのぞかせているおばあさんの二人でお店を切り盛りしていた。おばあさんはカウンターの近くでいつもコロッケなどの揚げ物を作っていて、「こんにちは」と声をかけると三角巾を巻いた頭を巣穴からこちらを伺う兎みたいにぴょこぴょこさせながら「いらっしゃいませ」と振り向いた。
おじいさんは生肉担当で、店の奥の方に備えつけてある銀色の刃のついた器具で巨大な肉の塊スライドさせて薄切り肉を作り出している。とても笑顔のかわいいおじいさんで、張りのある白い肌にほっぺがいつもほんのり赤かった。
その店の肉は、スーパーで買うよりいい肉を安く買えたのでお金はなかったが、ちょっとだけいい肉を買おうという日はその店によくいっていた。二人ともとてもシャイな人達で、肉の調理の仕方を聞くと言葉少なにはにかみながら教えてくれた。肉を買って家に帰ったらご飯を作るので、別になにか食べなくてもよかったが、ついでにコロッケや、メンチカツを買って食べながら帰った。温度が高いのかちょっと色が黒っぽかったが、しっかり味がついていて、肉やジャガイモのいい香りのするその店の味が好きだった。
その当時付き合っていた恋人が、僕が出かけているあいだに料理を作ってくれると連絡してきた。肉を買うなら近くにいい肉屋さんがあるよと返信をして用事を終えて家に帰った。
帰ると恋人は料理を作りながらコロッケを食べていた。
「あ、コロッケも買ったんだ。おいしいよね」と僕が言うと、
「んん、もらったの」ともぐもぐ頬を膨らませながら恋人は答えた。
「あーそうなんだ。よかったね」
僕は平静を装って手を洗いに洗面台に行った。
あれ?僕はその肉屋さんにはもう何度も買い物に言っていた。お互い言葉少なながらも、顔みしりになって「いつもありがとう」と言われたりもしていた。でも僕は一度もコロッケをおまえにつけてもらったことはなかった。
恋人は多分はじめてその肉屋に行ったはずだった。まあそういうこともあるだろうな。たまたま、もうコロッケを余らすしかないタイミングだったのかもしれないし、女の子におまけをするという価値観だって存在する。
でもコロッケの担当はおじいさんではなくおばあさんだ。別に自分にもおまけをしてほしいとか、恋人にだけコロッケをおまけしてずるいとかそういうことではない。ただ、僕の方が先に二人に知り合って、顔も見知った仲になるくらいには通っていたのに恋人の方が、おまけをしてもらえるくらいあのシャイな二人と仲良くなっている気がしてちょっと動揺してしまったのだ。
おまけコロッケはいつも通りの味だった。
後日、今度は恋人と肉屋に買い物にいった。
「こんにちはー」恋人が笑顔でおばあさんに声をかけると
「あらーふふふ」とおばあさんが僕には見せたことのないような笑顔で答えた。
シャイで、用がないかぎりは前に出てこないおじいさんも、ニコニコしながらカウンターの前まで出てきた。ショーケースの中で肉はその日も二人の丁寧な仕事をうつすように綺麗にならべられていた。

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