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40センチの呪縛  Vol.1

前回、円背には背張り調整が有効であると書きました。しかし、背張り調整を有効にするためには、1つ大きなハードルがあるのです。それは、座面の奥行きサイズです。

これは車椅子の研修で教えられたことですが ”日本には、輸入品も含めると700程度の機種がある”そうです。カウントの仕方までは確認しませんでしたが、機種がたくさんあるのは間違いないです。

福祉用具専門相談員の研修中、私は車椅子メーカーのカタログを見ながら「なぜ、こんなにたくさんの種類があるのですか?」と質問したことがあります。それに対して、ある福祉用具貸与事業所の社長さんは「なぜ? これだけたくさんあっても、実際にこのお客さんにあう車椅子を探そうと思うと、1機種か2機種、あるかないか、それくらいしかないんだよ」と教えてくれました。その時の私は、そういうものなのか・・くらいの感想でしたが、実際はまさにその通りでした。

特に身長が150cm代の高齢女性のサイズにあう車椅子は非常に限られていました。

日本に車椅子が700機種あるとします。座面の幅については38cmから40、42、45cmといくつかの選択肢があります。しかし、奥行きは9割以上の車椅子が40cmなのです。座面奥行き40cmは、身長160cm~170cm程度の方にあうサイズです。身長150cm代の人だとお尻が奥まで入らないのです。

障害者手帳で車椅子を作る場合は、必要に応じて体のサイズに合わせてオーダーできます。設計図に合わせてアルミパイプをカットして溶接して作ることができますので、サイズはある程度自由になります。そのため、座面の奥行きも、体のサイズに合わせることができます。

しかし、介護保険の場合、既製品をレンタルすることになります。福祉用具貸与事業所は、自社で在庫を抱えるか卸の会社から車椅子をレンタルします。卸の会社はメーカーから購入して在庫を抱えるわけですから、既製品の中から自社で扱う車椅子を絞り込みます。700あったはずの選択肢は、数十に絞られます。その中に座面の奥行き40cm以外のサイズは、1~2機種程度になります。

介護保険で既製品の車椅子を使うのは高齢者で、高齢女性の多くが身長160cm以下です。座面の奥行き1つとっても、体に合う車椅子の選択肢は1割しかないことになります。そして車椅子を選ぶ基準は座面以外にもたくさんありますので、どれを優先させるかの選択をしなければならなくなります。

お尻が奥まで入らない小柄な高齢者に、「お尻を奥まで入れましょうね」と座り直しをしていませんか? 声をかける前に、ちょっと膝をチェックしてください。膝裏がクッションや車椅子の座面の端に当っていませんか? もし当たっていたら、それ以上、お尻を奥に入れることはできません。膝裏が強く当たると、むくみや血流の悪化を招くので、逆にお尻を少し前に出すようにしなければなりません。

背中を丸くして車椅子に座っている小柄な高齢者を見て、背中が丸まっているのは本人の問題だと思っていませんか? もちろん背中が丸くなるのは、筋力の低下や脊椎圧迫骨折など他の理由もあります。しかし、お尻が奥まで入らない車椅子(あるいは椅子も同様です)のバックサポートに寄りかかって座ろうと思うと、骨盤が後ろに倒れて自然に背中が丸くなります。

車椅子から下りて椅子に座っても、車のシートに座っても・・その方を取り巻く環境にある椅子がすべて体に対して大きいとしたら、その方は椅子にもたれて座る時は、いつも骨盤を後ろに倒して背中を丸くして座ってきたことになります。円背は、こうして環境との不一致によっても作られます。

円背には背張り調整が有効であるというお話を前回書きました。背張り調整を有効にするためには、きちんと骨盤をサポートして安定させる必要があります。しかし座面の奥行きが合わない車椅子では、骨盤のサポートに背張り調整が使えないという難点があるのです。


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