だから僕は天一を食べた


初めて天下一品のこってりラーメンを食べた日のことは覚えている。小学校低学年のときに母親が持ち帰りのこってりラーメンを買ってきてくれたのだ。
ラーメンが大好きで出来上がりを楽しみに待っていた僕がそれを食べた感想は「こんなもんラーメンちゃうやん!」だった。母親が作り方を間違えたんじゃないかと疑うようなドロドロのスープ。マジで食べられたもんじゃないと思った。僕はただただ泣いた。以後しばらく天下一品を食べるときはあっさりラーメンだった。今思えばこってりラーメンは小学生に食べさせるラーメンではない。
中学生になっておそるおそる食べたこってりラーメンの感想は「こんなラーメンがあったのか!」だった。ラーメンと言えば醤油味でサラリとした黒に近い茶色のスープという定説(当時は)を覆す、ドロりと麺に絡みつく半ば固形、いわば異形の薄汚い(失礼)茶色のスープ。しかしその中には濃厚な鶏の旨味と野菜のエキスが凝縮されている……とはその時思ってなかったろうけど、こってりラーメンいけるやんていうかめちゃくちゃ美味いやんと新しい世界が開けた気がした。ズルしても真面目にも生きていける気もした。
それから僕と天下一品こってりラーメンとの日々が始まった。「明日もお待ちしています。」と書かれた丼ぶりと対話をするかのように、少しずつ縮まっていくこってりラーメンとの距離。
何度行っただろうか北白川総本店に烏丸今出川店。今はなき八千代館近くの謎の半地下天下一品や、名店と名高かった五条桂店の角煮こってりなどは思い出深い。そして僕が愛したスープライスセットは最初はスープが多めに入っているというのが売りだったはずなのに、いつからかただの明太子ご飯セットと化していた気がするのは少しいただけないけど、まぁいいや。
余談になるが僕は大学時代、天下一品のことを天一と略さず天品(てんぴん)と呼び始めた。これは例えるなら、友人から恋人へと関係性が変わった途端に恐る恐る下の名前で呼んでみるような自分だけの特別感を味わいたかったのかもしれない。僕だけの天品。ユアマイオンリー。私は天品のために、天品は私のために……。
だが時はたち今や年をとり、雑誌のカバーを飾ることもなくおじさんになり、こんな僕にも愛すべき家族ができた。天下一品を食べることも年三回くらいとなった。もはや天品などと馴れ馴れしく呼べるはずもなく、天下一品とフルネームで呼ばせていただいている。あぁ天下一品ね、あったねー、え?あれでしょ?なんかこってりしたラーメンっしょ。なんて昔の恋人を別になんとも思ってなかったかのごとくスルーするようなそんな人間に僕はなったのだ。それを成長と呼べるのかは僕にはわからない。
しかし、一か月ほど前だろうか。そんな天下一品がこの度、こってりを超えた「超こってり」という商品を期間限定で発売するとの噂を聞いた。そんなものこの世に存在するわけがないと耳を疑ったが、噂は本当だった。開催期間は2022年の2月いっぱい。基本的に全店舗開催らしいが、どの店舗も1日5杯限定。(ただし総本店ではやっていない)
いてもたってもいられないとはこのことだろう。つまり僕はいてもたってもいられなくなったのだ。
たしか5年前くらいに滋賀の店舗限定でカレーこってりラーメンを出したことがあったが、その時は泣く泣くあきらめたものだ。3歳の娘を置いて滋賀まで天下一品に行くなんて言えるはずがない!
しかし今の僕はあの頃の僕ではない。まぁ特に何か状況が変わったわけでもないけど、なんとなく怖いものもなくなってきた気がしないでもない。ないないばっかでキリがない。
現在僕の住む場所から最寄りの天下一品まで車で45分くらい。オープンは11時である。そこへ友人と二人で向かうことにした。なんと言っても5杯限定である。結構ハードルが高い。早めの出発を心がけ、10時半には到着した。「こんな歳のおっさん二人で天一の前で30分も待つのイヤですねー(笑)」なんて話しながら見たら店の前にすでに5人いる。え、5人いんの?そう、やはり「超こってり」はそんなに簡単に食べさせてもらえる代物ではなかったのである。立ちはだかる5人の壁(全部おっさん)を見ながら僕は己の浅はかさを悔いた。そして引き返して近所のラーメン屋で普通に美味しいラーメンを食べた。来週もう一度挑戦をすることを約束しながら……。
そしてやってきた決戦の日。僕たちは9時に家を出た。9時40分頃だんだんと店が近づいてく、近づいてく。着いた!どうや!並んでるのは……二人!はよ車停めましょ!はよ!そして雪の降る中、四十路手前の私たちは開店前の天下一品の列の三番目と四番目を確保したのである。
はっきり言ってそれから「超こってり」を食すまでのことはあまり記憶にない。一時間ちょっとの時間はあっという間だったようにも思えたし、永遠のようにも感じられた。すぐに5人目の客がやってきて後ろに並び、その後は沢山の人々が僕たちを通り過ぎていった。
一つ覚えているのは、開店時間も近づきテンションが上がって前に並んでる知らん人たちと独特の連帯感が生まれ始めラーメントークが盛り上がってきたときに、開店10分前くらいに来たお客さんが諦めて帰っていったのを見た先頭に並んでるおっさんが「こんな時間に来て食べられると思うなよ!」と怒号をあげたことくらいである。なんやこいつ……と多分みんな思っていたけど、グッとこらえて僕たちはただひたすら「超こってり」を待った。
そんなこんなの末、とうとう僕は「超こってり」を食すことができたのである。味に関する細かいレビューはここではあえて割愛させていただくこととする。どれほど言葉を尽くしてもその味の三分の一も伝わらないだろうし、もし言えることがあるとするなら、高ければ高い壁の方が登ったとき気持ちいいもんなってことくらいだが、そんなのは多分すでに誰かが言っているだろう。
ここまで勢い任せに書いてみたら思いの外に長々となってしまって驚いているけど、「超こってり」の開催期間ももう終わると思うと自動的に天下一品への愛があふれてしまったのかもしれない。また開催されるかなぁ、されねぇだろうなぁ。そんなことはさておき。あなたにとって天下一品とはなんですか?と、もし今後の人生でインタビューされることがあったら
「天下一品は天下一品ですね。もはやそれはラーメンではありません。天下一品です。まぁ僕は天品と呼んでますけどね。ははっ。」
と答えようと思う。

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