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一瞬の凹みになれ

実家に帰省し、これから友人とご飯に行く日のこと。

用意を済ましてから家でテレビを観ていた時、私はある物を見つけました。

「暖房機めっちゃ凹んでない?」

テレビの前に置いていた暖房機が1箇所だけ凹んでいる。

しかも角ではなく、フロントのど真ん中。

ボタンが並んである箇所の真下に、確かにデカいサイズが凹んでいたんです。

ちょうど暖房機と同じ色をした車でも、こんなデカい凹みはないよってぐらいに凹んでいる。

そんなにキレッキレの血は流れていない我が家に、何か事件でも発生したんやろか…

「それな、アンタの兄ちゃんがマグカップ投げつけて出来た傷やねん」

母は笑いながら答えた。

それは、5年前の或る出来事。

浪人生として、地元の予備校に通っていた兄は、勿論実家に暮らしていました。

毎日朝から晩まで「学生の本業」という切符を振りかざせば、授業中、マンガを読もうが(描こうが)早弁しようが、LINEしようが、なんやかんやで許される高校生のような身分ではなく、大学生のように、本気で研究しない限りはそこそこ単位を取れれば、リア充でもヲタ活でも、好きなライフスタイルを貫けるような身分でもない。

たとえばアルバイトしてなかったら、職業欄の「その他」に「浪人生」と書くべきか「無職」に〇をつけるのが正しいのか、予備校の生徒証でカラオケ料金の学生割引は効くのか一瞬迷う場面が発生しそうだし…

無い想像力を絞り出してみました。浪人生ってこんな感じだろうか。

毎日、予備校の部屋に引きこもって勉強、勉強、たまに模試、勉強、面談、たまに間食?すごくハードなスケジュールです。

不透明な将来と引き換えに、隣から学生生活のキラキラを間に受けながら、体重増加にビビりながら密室で勉強…希望の大学に入学しても、周りはピチピチの現役合格。1年、いやそれ以上、あんな環境で過ごすと老けて浮いているかもしれない。めっちゃ怖いです。

親は子どもの努力を理解しているはずです。

ですが、毎日正気を抜かれて夜遅く帰宅する兄の顔に希望は見えない。母は、「進歩してるやで!」みたいな表情が伺えない。えっ、ひょっとして、サボってる?まさかあ。気にせんとこ。そしてエンドレスです。

こんな状況でお互い、どう自分を表現すれば良いのか分かりません。

気分転換のココア(コーヒーだったら眠気覚ましをアピールできたのか?)を飲んでいる彼に焦りの色が無かったのかもしれない。

「そんでつい私もゆーてもたんよ。そしたらマグカップ投げてよ。中身無かったしカップは割れやんかったけど(笑)思ったより凹んだわあ」

今はゲラゲラ笑う母。やはり母は強しです。

そんな兄も、今は社会人として、結婚話も出ていて私よりも人生をリードしています。

不透明な未来を信じながら進んだ兄だからこそ得られる幸せなんですね。

感情の爆発は、どんな人をも変えてしまう。

暖房機は、普段怒らない兄の一瞬を受け止めてくれたのです。

その後、ちゃんと母には聞かなかったけど、タイマー機能が怪しすぎて、朝たまに時間通りについてくれません。

やっぱり壊れてるんちゃう?

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