見出し画像

少年と少年 第3話

「黒いモノが家の陰に隠れた」
と佐藤が言い終わったその時だ。
             ∞∞∞
オイラの叫びもむなしく、高性能の「八木アンテナ」が地上から跳ね返ってくる電波をキャッチしてしまった。そして点火装置の回路がつながった。
1945年8月6日、午前8時16分0、4秒、点火された爆薬が爆発、オイラのお尻の部分にあったコーラのビンぐらいのウラン235の塊が頭の所にある、やっぱりコーラの瓶ぐらいのウラン235にぶつけられた。たったそれだけのことで。オイラの体の中にある数ミリの赤い一点の光が直径280メートルの火の玉に膨れ上がった。かかった時間は1000分の1秒。その火の玉は4000度もの熱をもった光と爆風を出し、放射能というものを下にいる子ども、年寄り、赤ん坊、母親、犬、猫、水、木、誰彼かまわず、ありとあらゆるものに降り注いだ。          
                 ∞∞  
 写真屋さんが写真を撮るときに光らせる白い光が町中に広がったと思ったら、今までどうやっても倒れなかった大きな家がものすごい音と共に、怪獣になって僕らに襲いかかってきた。
「なんじゃこりゃ?」
と思う間もなく、僕らは太い材木の下敷きになった。僕は気を失った。
どれくらい時間が経ったのだろう?1分だろうか?1時間だろうか?
「ゴロー起きろ!起きるんじゃ!」
という、去年病気で死んだじいちゃんの声で目を覚ました。
気がつくと僕は大きな材木に足をはさまれ横たわっていた。太い柱の向こうには佐藤が頭から血を流し、気絶している。その向こうには山本がやはり柱に体を挟まれ
「ウーン、ウーン」
とうなっている。僕はまず
「佐藤起きろー!」
と叫んだ。佐藤はビクともしない。僕は手を差し伸べた。なんとか佐藤のほっぺに触ることができた。僕は佐藤のほっぺを叩きながら
「起きろー!」
と叫び続けた。でも反応はない。すると、山本が向こうから
「カワグチー」とかすれた声で僕を呼んだ。
「山本、大丈夫か?」
「体が、はさまって、動けん。もうダメだ」
「ダメじゃない。がんばれ!」
僕は叫んだ。
材木の中には僕達の他にも沢山の中学生が埋もれ、うなっている。中には
「痛いよー、母ちゃん痛いよー、助けてー」と小学生のように泣いている者もいる。
僕は佐藤のほっぺを叩きながら、
「佐藤頑張れー」
と言い続けた。その時だ、焦げた匂いと熱が襲ってきた。僕達がはさまれている材木の山が燃えているのだ。その炎が押し寄せてくる。僕は
「佐藤、山本、炎が来る。がんばれー!」
と叫んだ。山本が
「カワグチ、アナゴメシベントウ、タベサセテ、アゲラレンカッタ、ゴメン」
と、かすれた声で言う。
「弁当はまたいつか食えるさ、そんな事より頑張れ!佐藤も野球やるんじゃろう?起きろ!」
と叫んだ。僕は叫びながら自分の足を思い切り引っ張った。するとはさまれていた足が「するっ」とぬけた。僕は、材木の山から抜け出した。抜け出した僕は、彼らの上に乗っている材木をどかそうと、持ち上げようとした。でも、材木はものすごく重く、とても持ち上がらない。僕は誰かに助けてもらおうと
「誰か力を貸してください」
と叫び、周りを見渡した。周りを見て僕は腰を抜かそうになった。そこには焼けた死体が転がっていた。生きている人も、顔が誰だかわからないほど
焼けただれている。でも僕は叫んだ。
「誰か助けてください。友達がこの中におるんです」と。
すると男の大人の手が柱に伸びた。それはさっきまで号令をかけていたあの怖い憲兵さんだった。憲兵さんも顔が血だらけ、腕が焼けていた。
「こっちをあげるけぇ、そっちを持て」
二人で大きな柱を持ち上げようとした。でも柱はビクともしない。
「もういぺん行くでぇ。セイノー」
全く持ち上がらん。その時だ、炎は風にあおられ、まるで生きてるかのように
「ゴー!」
と、迫ってきた。憲兵さんが
「ダメだ、逃げろ」
と僕の腕を思いっきり引っ張った。僕は
「友達がおるんです。置き去りにできん」
と泣いて叫んだ。でも憲兵さんは腕を放さない。ものすごい力で僕を引っ張る。そして、
「逃げるんじゃ」
と怒鳴りながら、まるで僕を逮捕でもするかのように強引に安全な場所まで「連行」した。その直後、大きなお屋敷の材木の山は一気に燃え上がった。
僕は、そこに座り込んだ。憲兵さんも座り込んだ。
次の瞬間、憲兵さんの体は
「ドタッ」
と音をたてて横に倒れた。
「憲兵さん、憲兵さん」
僕は憲兵さんに呼びかけた。憲兵さんの傷はそれほどひどくない。
「憲兵さん、傷はひどうないです。大丈夫です」
と叫んだ。憲兵さんは
「体が重い、目が見えん。何なんじゃこりゃ?これしきの傷でまいるわしじゃないんじゃが。さっきの飛行機じゃ。お前達が見よってわしが怒り飛ばした、3機の飛行機じゃ。あれがきっと毒ガス爆弾の様な変な爆弾を落としたのじゃろう」
さっきまで元気だった憲兵さんが空気を抜いた風船のようにしぼんでいく。そして、
「ここも危ない。お前は逃げろ」
と言う。
「そんな」
と言う僕に
「ええけぇ行け。家はどこじゃ?」
と聞く。
「宮島の前の大野です」
「遠いなあ。でも歩けん距離じゃない。家に帰れ。家族は心配しとるじゃろう。わしに構わず行け」
 憲兵さんの声はドンドン弱くなっていく。顔を見たら鼻血がドクドクと流れていた。
僕はどうしていいか分からなかった。すると憲兵さんは振り絞るような声で
「生きるんじゃ。早う行け」
と言った。
僕は憲兵さんを置いて歩き出した。でもどこへ行っていいのか分からない。ともかくなんとなく安全と思える方向に向かって歩いた。歩いているウチに気がついた。左手が上がらない。どうも折れているようだった。
 そう思ったら、今まで感じなかった腕の痛みが急に襲ってきた。顔も痛い、触ってみるとおたふく風邪になった時のようにパンパンに膨れている。行く道には真っ黒く焼けた人たちがあちこちに転がっていた。比治山という小さい山の向こうに救護所ができたと言う声がしたので、僕の足はそこに向かった。主水(かこ)町から比治山に向かうには朝渡って来た元安川にかかる明治橋と京橋川にかかる鶴見橋の2つの橋を渡らなければならない。橋は大丈夫だろうか?と心配になったが行ってみるとコンリート製の橋は落ちてはいなかった。大勢の人が橋を渡って比治山方面に向かおうとしている、僕も渡ろうと橋に足を掛け、橋が架かる元安川をのぞいた。途端、僕は悲鳴を上げ、全く動けなくなった。川の中には無数の死体が浮いていたのだ。女学校の制服を着たモノ、母親のようなモンペ姿のモノ。小さい子ども。赤ん坊。朝、あんなに美しく輝いていた元安川が死体で埋まっている。誰か男の人が
「川に入ったらダメだぞ。川は熱湯になっとるけぇ、ヤケドで死ぬるでぇ」
と叫んだ。
「みんな熱さに耐えられんで川に飛びこんだんじゃのぉ」
と近くにいたおばさんが言った。
僕は人々の群れに押され、なんとか橋を渡った。その群れの人達の多くが服を焼かれ、裸だ。それだけじゃない。皮膚が焼けて皮がたれるから、手を前にし、奇妙な格好で歩いている。救護所には逃げてきたたくさんの人たちがいた。僕はそこで顔にヨードチンキを塗ってもらい、腕に三角巾をつけてもらった。治療を受けた僕はまだ、腕も顔も痛かったが、憲兵さんの言ってくれたとおり
「家に歩いて帰ろう」
と歩き始めた。
ともかく、海を左に見て歩いていけば、家にたどり着けるはずだった。
人間にも魂があるように、物にも魂がある。
人間も体は消えても魂は残ると言われているがオイラも大爆発した後、魂として残り、「アグニ」になった。
「アグニ」とはインドで昔から言い伝えられている火の魂。太陽や稲妻から焚き火やローソクの火など、あらゆる火の元になっている。火山の爆発や山火事を起こすのもアグニの仕業だと言われている。 仏教では火天(かてん)というらしい。また、生物の体内においては命の火を燃やし、栄養を全身に行き渡らせることもある。
オイラは、今まで地球になかった火をおこしたアグニ、最も残酷な火をおこしたアグニ、最も人間に利用されたかわいそうなアグニ、として、一目置かれた。
アグニになったオイラは広島の町の上空をふらふらと浮いていた。オイラを生み落とした母さん、エノラ・ゲイはさっさとテニアン島に向けて帰って行ってしまった。
8時16分の爆発から4時間後の正午頃、エノラ・ゲイと入れ替わるように、B-29を写真撮影用に改造したF―13写真撮影機がやはりテニアン島からやってきた。F―13のお腹の部分はガラス張りになっていて、そこに6台のカメラがあり、地上を色んな角度から撮影することができる。写真撮影班がそこに腹ばいになって撮影する。F-13はかなり低空を飛び、広島の町を撮影し始めた。オイラはそれに乗り込んだ。飛行機が上空を飛んでるときは
「やったぜ。まいったか日本。これで戦争も終わりだ」
と勝ち誇っていたF―13の乗組員達は、低空飛行に入り地上が見えて来ると、誰も言葉を発しなくなった。彼らのカメラのレンズに映し出されたものは、川面を埋め尽くす死体、真っ黒に焼けた子どもの体、生き残っても体を焼かれ皮膚を垂らしながら手を前にして幽霊の様に歩く大勢の人の群れ。F―13の機長、ソルトレイクシティー出身のディックは地上を見るなり
「オーマイガッ!オーマイガッ!(なってこった、なんてこった)」
と叫び続けた。他のメンバーも、うめき声をあげながらシャッターを切り続けた。オイラもガラス窓からのぞいた。
それは地獄そのものだった。
ディックはついに、操縦桿を握りながら
「ウオー、ウオー」
と大声を上げ泣き出した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?