自分ごとの広がりと、アクションへのリソース分配

ロシアとウクライナの戦争について、周りの方々の特徴的な動きとして、国家に働きかけるのではなく、個人として参加している方が多くいるように感じた

身近な知り合いが、主に人道支援寄付を用いて、この件に参加しているケースが多くあった。

私個人としては、本件への関わり方として、日本という国家を通した参加しか頭になかったので、個々人で自分の考える形で直接的に参加している様子は驚きを感じるものだった。

SNSによりそのような関わり方が身近になったり、ツールの発達が一因と思うが、周りの皆さんの自分ごとの範囲がより広がっているという点を表しているのだと思った。

例えば、私達が江戸時代に生きていたら、おそらくロシアがどこどを攻めたということは知ることもないし、仮に知ったとしてしても自分たちがアクションを起こす対象とはほとんどの人が思わないのではないかな。

それが、現代では情報が多く入るからか、手段を持っているからか、遠い国の戦争についても自身で何かができないかという目線で考える方が増えている。

僕はあまりその目線では考えられないので、自分ごとの範囲が狭いタイプの人間と言えるのかもしれない。その場合、より広げる方向に持っていくことが現代人としてより良い方向なのかな?

また、自分ごとを広げた先で、アクションはどのような形が適切なのか、自分のリソースをどれだけ使うべきなのか。

・情報集収集する時間
・検討する時間
・より精度の高い意思決定をできるように勉強する時間
・寄付にかけるお金

上げてみたら基本的に時間の話だった。いまはほぼこれらに使っていない。ニュースについても本文は見ないでタイトルが目に入るのでちょっと知っているような状況。仮に自分ごとが広がりロシアやウクライナに対して何かをしたいと思ったときにどれだけリソースを割くべきなのか。

ちょっと考えてみたけど、僕としては誰かに委任してしまいたい。他のことに時間を使いたい。学びたいこともあるし、ゲームもしたいし、文章書くことがうまくなりたい。

委任という意味では、選挙で国会議員を選んでいるので、その方のアクション=自分のアクションということにするのはどうですかね?

いまは、その方がどういうアクションをしているのか知らないので、議員さんのSNSをフォローしよ

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