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「ひるにおきるさる」をはじめます

黒嵜想、福尾匠

猿は昼に起きない。哺乳類のうちでは霊長類の祖先が初めて完全な昼行性に移行したらしい。恐竜が絶滅したあとの、約5200万年前の話だ。ヒトが文字どおり日の目を見ることができるようになったのも、もとをたどればわれわれが見知ったスケールとは桁外れの爬虫類が小惑星に頭をぶつけて絶滅したおかげだということになる。ヒトが絶滅してもゴキブリなりウィルスなりは生き延びるだろうという言いかたがあるが、そもそもそういうきっかけで猿は朝に起きるようになり、ヒトになっていったわけだ。

ところでわれわれは——われわれふたりのことだ——昼に起きる猿だ。とはいえ恐竜時代のひなたの恐怖が遺伝子に刻み込まれているなどと言いたいのではなく、たんにわれわれは猿のようであり、朝方になってから寝ることが多いというだけのことだ。昼に起きる猿がいないわけでもないだろう。彼らはわれわれとおなじように昼過ぎに起きて、顔を洗うまでに1時間かかり、最初に口に入れるのはきっとマックのポテトなのだ。

「ひるにおきるさる」はさしあたってはこのnoteアカウントの名前だが、われわれがいつまでここを使うのかはわからない。われわれには書きたいことがあり、話を聞きたいひとがおり、それらをそのつど記事としてまとめるためのいちばん安価で手っ取り早い手段としてこの場所を使っている。言ってみればこれはコンテンツ先行型メディアであり、したがってこのメディアは記事にとってもわれわれにとっても通過点にすぎないのだが、「ひるにおきるさる」がいつどこに引っ越すのかはぜんぜん決まっていない。

noteという媒体へのこだわりがあるとするなら、それは「投げ銭」機能がついているということだ。これによって新しい記事の制作費用や、べつのメディアへの移行あるいは拡張のための資金を募りたい。「ひるにおきるさる」は育てるメディアでもある。しかし記事の購読を有料化したり、会員制度をつくったりする予定はいまのところない。ただしそれぞれの記事の筆者の名前は、「ひと」のページに逐次ストックされていく。

さらに、コンテンツ先行というのは、われわれふたりだけにとっての話ではない。書きたいもの、すでに書いているもので掲載のあてがないものがあれば、ぜひわれわれに一読させてほしい。条件は1万字ていどの批評文であること。原稿料を3万円お支払いする。とうぜん資金が確保できなければこれも払えないので、公募の正式な開始は詳細とともにあらためてアナウンスすることになるだろう。

コンテンツ先行型の育てるメディア。「ひるにおきるさる」がこの先われわれふたりが中心となってぽつぽつと記事を上げるだけの場所になるのか、あるいは未知の書き手、企画者と支援者が集まり、ぶ厚く雑多な文章がどんどんストックされる場所になるのかはわからない。いま書いていてあらためてなんて消極的なんだと思ったが、ここに掲載される文章が消極的であることはない。媒体としてのやる気はあとからついてくればいい。

最後に、公募の対象を批評に限定することについてだが、これは批評ほど愚直な「言いたいこと」、つまりコンテンツ(内容)に端を発する文芸ジャンルはないと考えているからだ。もちろん言いたいことをただ言えばいいわけではない。そこには具体的な論述対象や社会的で歴史的な現実があり、書くことをとおして問題をわれわれにとってのもの、あるいはまだ見ぬ誰かにとってのものへと再構築しなければならない。ここをそういう場所として使ってほしい。ここをそういう場所として育ててほしい。そういう場所としてここに訪れてほしい。


黒嵜想:1988年生まれ。批評家。音声論を中心的な主題とし、批評誌の編集やイベント企画など多様な評論活動を自主的に展開している。活動弁士・片岡一郎氏による無声映画説明会「シアター13」企画のほか、声優論『仮声のマスク』(『アーギュメンツ』連載)、Vtuber論を『ユリイカ』2018年7月号(青土社)に寄稿。『アーギュメンツ#2』では編集長、『アーギュメンツ#3』では仲山ひふみと共同編集を務めた。twitter @kurosoo

福尾匠:1992年生まれ。現代フランス哲学、批評。著書に『眼がスクリーンになるとき:ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』』(フィルムアート社、2018年)がある。twitter @tweetingtakumi


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