合わない狭い世界もある

学校の中というのは、意外と閉鎖された世界で、群集心理が働きやすい場所だと思う。
家の外に出掛けているのに、閉鎖的だ。
関わる人も限られているし、授業に出たり、部活に参加したり、その場所でやらなければならないことばかりで、その世界が人生の全てのように思えることすらある。
だから、そこで絶望的な気持ちになると、人生終わりだ、という気持ちにもなりうる。
そうではなく、そこはすごく狭い世界で、そこでのことなんて過去に捨て置いて、その外の世界にいくらでも生きていける道はあるのだと気付ければ良いが、視野が狭くなっていると気付けないこともあるだろう。

学校に限らず、どんな組織でも同じだと思う。
仕事でも1日のほとんどを会社で過ごしていたら、その世界が全てのように思ってしまうかもしれないけど、そこの世界なんて、本当に狭くて、飛び出してみたら、なんであんな小さな世界で絶望的な気持ちになっていたのだろうと思ったりする。

その狭い世界で、楽しそうにはしゃいでいる人達がいるから、私はなんで馴染めないのだろうかとか思い悩みがちだが、
単純にその世界観に合う合わないもあるし、
強気な人が自分に媚びへつらってくれる人だけ大事にしておかしな世界になっていることだってあるし、
ハラスメントが横行しているのにみんな麻痺して不思議な世界になっていることだってある。
そんな世界なら、そこに無理に合わせる必要などなく、むしろ絶望的な気持ちを抱く方が正常で、そこから脱出するのも間違っていない。


狭い世界に身を置いて、広い視野を持ち続けるのは大変なのだけど、この世界はおかしいなと気付くためには、外の世界にも視野を広げておかなければならない。
日々の仕事に追われて、それができなくなりそうな時はすごく不安になる。
冷静な判断ができなくなるのが怖いのかもしれない。睡眠不足も判断力が鈍りそうで怖い。


しかし、私のように日々こんなことを考えてる人はいるのだろうか。
ただ、淡々と目の前の仕事をすればいいだけなのに、こんなことまで考えてしまう。

考えすぎるから、私はすぐお腹が空くんだな、きっと。。しっかり食べて、ぼーっとしながら、猫と遊んで眠ろう。


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