グローバル人事:キホンの『キ』 (第2回)-グローバル人事の施策を適切に選択する

(2022年5月9日掲載、https://kuroshiohr.com/2778/より転載)

前回はグローバル人事制度の目的と領域をまとめました。
以下は前回のブログで掲載したグローバル人事でよく見られる目的です;

今回はこれらの目的に向かってどのように施策を比較し、選択すべきかを考えます。

比較・選択の絶対的な基準は費用対効果ですが、それには2つのポイントがあります;

1. 期待成果と施策への投資のバランス

2. 現地最適化とのトレードオフ

それぞれ解説していきたいと思います。

1. 期待成果と施策への投資のバランス

人事関係の施策検討・導入のプロジェクトに関して、IT関連のシステム導入や事業立案、戦略立案プロジェクトに比べると金銭的なコストはそこまで高くはならないことが多いと思います。
報酬の引き上げは別ですが。

しかし、やり方次第では巻き込む人々の数が多くなるため、人々の仕事上での負担が大きくなりがちです
また一旦展開した施策を止めるのも中々勇気が必要です
施策への投資という意味では、金銭的投資以上にこの点を重視する必要があります。

だから、しっかりと適用範囲(施策を適用すべき組織内の人数)をまずは見極める必要があります

先に記載したグローバル人事の目的から、例を挙げます;

1, 2, 4は、どれも人材の拠点間異動を伴う可能性が高いですが、適用範囲によって打つ施策が変わってきます。
以下はあくまで例ですし、施策も本来はもっと緻密に組みますが、ざくっとイメージが伝わればと思います(グローバル全体で数千人規模ぐらいの企業を想像してもらうとわかりやすいかもしれません);

対象範囲が一番大きなケース(表の一番下のケース)の場合、グローバルグレーディング1つを取っても、各拠点のマネジャーに部下ポジションの役割を整理してもらい、場合によっては専門コンサルタントを雇ってポジションの役割評価をしてもらうといった大きな労力がかかります。

5~10%の社員を毎年動かすということであればそれだけの投資が必要なのはわかります。
特に日系企業では、良きにつけ悪しきにつけ「公平感」というものに重きを置く企業が多いので、この辺りの施策は不可欠なものになりやすいです。

しかし、1%程度の異動の範囲(表で上から3つ目)であれば、本当に人が必要なポジションのリストアップと、異動における大まかな報酬ガイドラインがあれば事足ります。
ここにグローバルグレーディングやグローバル全体での評価制度の共通化といった施策は、通常は必要ありません。

ですから目的は同じであっても、適用すべき範囲(ここでは異動すべき人数)を明確にし、それに見合う施策とコストをしっかり見極めることが重要なのです

このようなことを言うと、「いやいや初年度の異動は数名程度だけれども、将来的には1割ぐらい動かすのがあるべき姿なんだよ」という反論も出てくるかもしれません。

しかし、そもそもグローバル全体で1割の社員を拠点間で動かすような企業は欧米系企業、それ以外の外資系企業ではほぼ見当たりません。
日系企業本社のように転勤が会社命令で行われるわけではなく、本人が首を縦にふらないと異動は法律的にも難しい場合が多いです。

駐在員モデルで本社から海外拠点を派遣する場合も、日系の商社や一部のメーカーが本社の1割をやっと異動させるくらいかと思います。

ですからグローバルで1割ぐらいの人材を動かす(実際は5%でも)ということを本気で考えるのであれば、まずは相当ハードルが高い挑戦であることを認識する必要があります

その上で、いきなり最終的な1割を動かすための施策を導入しようとするのではなく、そこにたどり着くための施策のストーリーラインを作っていくことが重要です

まず、日本本社以外の社員の異動を行うのであれば、異動する本人に「得だ」と思わせる報酬とキャリアパスを準備する必要があります
でなければ日本本社の社員と異なり、多くの海外拠点の社員は会社を辞めてしまうこともあるでしょう。

そして異動した社員を異動先で高確率で成功させるよう徹底的にバックアップすることが必要になります
成功とは本人が異動に満足し、周囲も納得する成果が上げられることです。

このような事例を最初はコツコツと積み上げることによって、自社ではグローバルでの異動が当たり前でなおかつ良いことという認識を広げられます。
おそらくここまでで数年はかかるでしょう。

このような形で異動人数を、数名、数十名と徐々に増やして、2%を越えるないしは50名を越えるあたりから初めてグローバルグレーディングやグローバル共通の評価制度の導入を行っても遅くはありません。
いきなり大掛かりな仕組みを作るのではなく、施策のストーリーラインを作り、成功事例の積み上がりに合わせて、より大きな施策を導入していくことで、投資と効果のバランスを最適化していきます。


2. 現地最適化とのトレードオフ

施策の比較・選択の基準である費用対効果のもう一つのポイントが現地最適化とのトレードオフです。

例えば、下記を目的としたグローバルでの共通コンプライアンスルールの導入;

誰の目から見ても良い施策であるように見えますが、各国の法規と人々の常識によって、同じルールであっても拠点により導入コストが大きく変わってしまいます。

例えば、パワハラやセクハラが当たり前の国(20世紀の日本など)では、それが絶対的にいけないことであると思われている国に比べ、社員に理解させ、遵守させるには相当の労力が必要になります。

また中国の工場などでは収入を増やしたいために法定残業時間以上に働かせてほしいといった要望を社員から言ってくることも少なくありません。
きっちりと国の基準(もしくはグローバルで設定したより厳しい基準)で運用している日系企業の中国工場では、それによって人材流出リスクに常にさらされている/周囲より高い報酬で人を雇わないといけないといったことが今も起こっています。

現地の法規や常識、商習慣通り運用していた方が、特定の海外拠点については低コストで運営できることが少なくありません

コンプライアンス以外の話でも、グローバル共通施策の導入によって小規模海外拠点が苦労する事例があります。

小規模海外拠点の場合、人事担当者が給与計算をメインに行うジュニアスタッフしかいないといったことも多いです。
ジュニアスタッフレベルだと共通施策の運営能力が足りず、拠点長や管理部門トップがその導入に労力を取られる、もしくは新たに人を雇う必要が出てくるといったこともあります。

特にグローバル共通施策の場合は、こういった国や小規模拠点にどのような影響があるかも熟慮し施策の設計をする、もしくは対象範囲(例:小規模拠点を除くなど)をしっかり考えるということが非常に重要になります


まとめ

1回目のキホンの『キ』は、適切な目的があってこその施策ということです。

今回まとめた2つ目のキホンの『キ』は、費用対効果を考えた上でやれることとやれないことを現実的に見極めるということです。

加えて、その費用対効果には「期待成果と施策への投資のバランス」と「現地最適化とのトレードオフ」の2つポイントがあることも重要な視点になります。

次回はこのテーマの最終回として、「施策のフォーマットを考え、運用体制を整える」について解説します。


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