武富健治先生『古代戦士ハニワット』勝手に応援企画(2) コラム②『火の鳥』と『ハニワット』
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武富健治先生『古代戦士ハニワット』勝手に応援企画(2) コラム②『火の鳥』と『ハニワット』

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 武富健治先生の『古代戦士ハニワット』の連載続行を勝手に応援するために、現在作成中の『ハニワット小事典(仮)』の一部を公開します(完成まで時間かかるので)。本編はキャラクター編、ストーリー篇などのデーターベースがメインです。いずれご希望があれば無料で配布します(PDF)。

コラム②:『火の鳥』と『ハニワット』(草稿)

 1 『ハニワット』との出会い

 ぼくがはじめて武富健治先生の『古代戦士ハニワット』を知ったのは、2018年6月18日にゲンロンカフェが開催した「神話・英雄・異形―『古代戦士ハニワット』単行本発売記念イベント―」(登壇者:武富健治×切通理作、司会:さやわか、途中参加:東浩紀)に観客として参加した時です。それまで武富先生の作品は読んだこともなく、代表作の『鈴木先生』も知らず、お名前さえ知らない有様でした。このイベントは『ハニワット』の第1巻と第2巻の刊行記念だったので、五反田に行く途中、横浜有隣堂で両巻を購入し、電車の中で読みながらの参加でした。そんなぼくが、今では連載でおいかける唯一のマンガが『ハニワット』です。
 『ハニワット』の魅力は沢山ありますが、ぼくにとっての魅力の一つは、ゲンロンカフェのイベントで、武富先生が「『ハニワット』は手塚治虫先生の『火の鳥』を意識している」という趣旨の発言されたことに衝撃を受けたことにあります。記憶を遡ると、途中参加された東浩紀さんが、「『ハニワット』は始まったばかりで、まだまだ沢山の謎がありますよね」という趣旨の発言をしました。それを受けた武富先生の答えは衝撃的でした。「いえ。間もなく終わります。手塚先生の『火の鳥』みたいに何々篇という形を予定していて、連載中の長野編が終わり、新しい編が始まります。長いものもあれば短いものも、一話で終わるようなものもあり、それをライフワークのように描きついでゆきたいです」。この言葉に、東さんだけでなく、会場の参加者もどよめきました。そういうマンガとして受けて止めていなかったからです。ぼくは、大好きな『火の鳥』を意識したマンガが今連載されているとは思ってもいなかったので、完結まで読み続けたくなったのです。『火の鳥』の連載は「太陽編」を『野生時代』(角川書店、1986年~1988年)の終わりの頃の数回読んだだけでした。
 そこで今回は『火の鳥』と『ハニワット』について書いてみようと思いました。

2 日本人のルーツ

 『ハニワット』が『火の鳥』を受け継いでいるのは叙述形式だけではく、テーマにもあります。それは「日本人のルーツとは何か」という問題です。
『ハニワット』では「人種」や「民族」の問題としてよりも「技術の伝来」という形でテーマになっています。ハニワットも様々で、主人公の久那土凛が変身するハニワットは「伽耶系(かやけい)」と呼ばれているので、その技術は韓半島をルーツにしているようです(伽耶への伝来は謎)。このような技術を伝承した人々が日本に居住し、現日本人のルーツの一つになったことが示唆されています。また『ハニワット』では記錄された最初のハニワットを神武天皇と位置付けているようです(コラム①参照)。神武天皇の「埴輪土」が洞窟に安置されているシーンから想像すれば、神武は変身するタイプではなく、魂を「埴輪土」に転移させるタイプなので、「伽耶系」ではありません。少なくとも二つの異なるルーツのハニワットがあり、その技術は古代から伝承されている。そういう描き方が武富先生のマンガです。
このような日本人のルーツを問いかける最初期のマンガが『火の鳥』です。『火の鳥』の最初の連載は、『漫画少年』版『火の鳥』「黎明編」(初出『漫画少年』1954年7月号~1955年5月号、学童社、『火の鳥』第12巻「ギリシャ・ローマ編」再録、角川書店、1990年。以下、角川書店の本に再録されたものを利用します)です。これは一般に知られている「黎明編」の原型ですが、『漫画少年』の版元の学童社が倒産し、連載は途中で終わってしまいました(角川本、200頁)。
この『漫画少年』版「黎明編」は、そのような日本人のルーツ問題が、現在の「黎明編」よりもより色濃く表れています。主人公はイザ・ナギとイザ・ナミという名前の少年と少女で、二人は兄妹。巨竜が割拠し、シダやソテツが密集する不思議な島に住んでいます。二人の名前がイザナギとイザナミに因んでいるからわかるように、これは『日本書紀』『古事記』の神話の解釈です。そして、この『漫画少年』版「黎明編」について、手塚先生は次のように説明しています。


 日本人の祖先が、どこからやってきたかについては、まえから学者の問題でした。日本人がいろいろな人種の血のまざりあったものだということは、その体つきやことばからだいたいわかります。しらべたけっか、何万年も昔日本にもとからすんでいたアイヌ系の原住民と、蒙古人種、それにマレーや南の島々からやってきた南方民族などがいりまじってできたいわば合成民族だろうというのです。「火の鳥」はこの三ばんめにあたる、ある南の島の祖先たちのものがたりからはじまります。ばしょがどこかは、はっきりしていません。だいたいマレー群島の東のはしかニューギニアにかけてちらばっている小さな島の一つとお考えください。(手塚治虫〝火の鳥のはしがきにかえて〟角川本、210頁)


 「まえから」というのは「戦前から」の意味だと思います。つまりイザ・ナギとイザ・ナミは「南の島々」の一つに住み、やがて「日本」に移住し、日本人の「祖先」の三つのうちの一つになるわけです。火の鳥もこの島で生まれ、二人に連れられて「日本」に棲みつきます。現在流布している「黎明編」には、このような設定は存在しませんので、現行本よりも『漫画少年版』「黎明編」の方が、祖先神話(日本人のルーツ論)という性格が色濃いのです。
 また手塚先生は日本人の「祖先」を三系統の混血と語っています。沖縄(琉球)の位置づけを欠いている感じです。「南の島々」の代表は「マレー」です。『漫画少年』版「黎明編」が連載されていた1954年(昭和29)、沖縄は米軍統治下だったので、学術世界では沖縄(琉球)を「日本」として語る風潮はなかったのかもしれません(よくわかりません)。マンガにも時代の政治や学術が反映します。さらに「祖先」と「血」を結び付ける語りも特徴です。
 『漫画少年』版『火の鳥』「黎明編」から『ハニワット』まで、半世紀以上たちました。その間にも『日本書紀』や『古事記』を題材にした物語は沢山描かれてきました。手塚先生自身も『COM』に『火の鳥』「黎明編」を描き直しています(1967年)。近年では、安彦良和先生の『ナムジ』(徳間書店、1989年、描きおろし)と『神武』(徳間書店、1995年、描きおろし)が有名ですね(ゲンロンカフェの2019年末の総会で、安彦良和×武富健治×東浩紀のイベントが開催されたのは画期的なことでした)。今はそのような系譜を辿るのではなく、『日本書紀』や『古事記』を題材にして「日本人のルーツ」をマンガが描きつづけていることについて私見を簡単に述べます。

3 日本人のルーツ論の背景

 その背景にあるのは戦前の「皇国史観」からの脱却です。「皇国史観」とは「日本は神武天皇の即位(紀元前660年、皇紀元年)以来、万世一系の天皇が統治してきた」という歴史観です。その根拠は『日本書紀』です。戦後日本史学の最大の課題は「皇国史観」からの脱却にありました。一応現在の日本史学は「皇国史観」から脱却したことになっています(友人の日本史学者にも確認しました)。しかし、私には疑問が残ります。というのも、方法として神武天皇などの初期の天皇を神話として位置づけ、歴史学の対象から外しただけにもみえるからです。おそらく、その根拠は1946年元旦の詔勅、いわゆる「天皇の人間宣言」で、天皇と国民の結びつきは「神話に由来するものではない」という一節でしょう。このような神武=神話論が主流になった結果、イザナギとイザナミの国生み神話、天孫降臨の物語などの伝承の意味は、アカデミックな領域で扱われないようになってゆきます。古田武彦氏の多元王朝説なども提起されましたが主流の学説ではありません。さらに戦後、縄文時代の遺構が日本中で続々と発掘されます。芸術家の岡本太郎氏が「私が縄文土器を発見した」という趣旨の発言も、戦後の日本人論に大きな影響を与えました。
 このような戦後史学の事情の中で、『日本書紀』や『古事記』の物語を単なる神話(架空)ではなく、日本人の歴史の何かを伝える物語として解釈しようとする創作(マンガ、小説)が発達します。戦後史学が捨ててしまった問題に虚構的な創造力をバネに挑戦しているのです。『火の鳥』はそういう物語の始まりであり、『ハニワット』もそのような物語を継承するマンガといえるでしょう。たとえ神話だとしても、無意味の神話というものは存在しないからです。

 4 再び伝奇

 『火の鳥』のテーマは『ハニワット』に流れており、武富先生がどのように古代の日本を描くのか楽しみなところです。最後に伝奇という点から、『火の鳥』と『ハニワット』を比較したと思います。
 私は『ハニワット』は伝奇アクションマンガと考えていますが、『火の鳥』はそうではないと考えています。『火の鳥』は、架空の登場人物が活躍し、「史実」に沿うように描かれていますが、この架空の登場人物は「超人的な能力」をもちません。超自然的な能力をもつのは火の鳥だけです。そういう意味では、火の鳥は神話や怪異譚、歴史でいえば稗史や野史(正史に採用されなかった伝承や記事)に近いのです。超人的な能力をもつ登場人は歴史を破壊し、もうひとつの歴史(ifの歴史、別の世界線)に物語を導いてしまう可能性があります。それはタイムマシーンによる過去の改変に似た問題で、現在の私たちの世界が無くなってしまう可能性が出るわけです(タイムボカーンシリーズは、この問題をテーマにしています)。ですから伝奇物語を語るのは、相当な技術が必要で、まさに『ハニワット』は武富先生の学識とマンガ家としての腕が注ぎ込まれて、その点に注意を払っているようにみえます。
 ここでは、手塚先生は火の鳥の設定を『漫画少年』版「黎明編」から紹介しておきます。


 とくにもんだいになるのは、この島の背景になっているソテツやシダや、巨竜たちですが、はたして人類がこの世にあらわれたころにそれらがすんでいたかが問題になります。これらの古代生物はとっくになくなっているはずです。
 しかし南方の島々には、いまでもソテツ、シダの林や、大トカゲの子孫たちがみられるところがあるのです。ドードー鳥(これはさいきん死にたえました)や、カモノハシ、ハリモグラ(下等なケモノ)やゾウガメなどが、むかしの動物や子孫のれいです。火の鳥も、その仲間のひとつで、この島に生き残っていた古代鳥類ということにしてあります。(手塚治虫〝火の鳥のはしがきにかえて〟角川本、210~211頁)


 驚きです。最初の設定では、火の鳥は神話的な存在ですらなく、「古代鳥類」なのです。おそらく手塚先生は自然科学者(医学者)であり、容易に神話的な架空の鳥類の存在を許さなかったのだと思います。火の鳥の最初の設定は、超自然的存在ではなく、自然の一部(古代鳥類)だからです。そういう意味では、まさに『火の鳥』はSFマンガだと思います。
 『ハニワット』で、火の鳥に相当するのはドグーン(蚩尤)です。未だに謎に包まれていて、それが何かわかりません。武富先生はこのドグーンの正体を読者に想像を喚起しながら、古日本代、さらに今日に至るまでの日本の歴史へ誘います。もし手塚先生のようにドグーンが古代生物なのであれば、『ハニワット』はSFマンガ的な要素が色濃くなります。今のところ、その兆しは無いようにみえますが(霊魂が飛散し、破戒光線を放射する古代生物。それもありかな)。
 『ハニワット』「黎明編」がいつ日か近い未来に楽しめますように!


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easygoa46。ゲンロン友の会会員。新写真部。