#変な話をしよう

#変な話をしよう
#前橋文学館
2021年2月8日から2月17日まで。

「加湿器から水蒸気が人の形になる時があるのですが、あなたは見たことがありますか?」と背後の席から声がする。
閑散とした喫茶店で、タバコの煙がゆらゆらと人の形をして揺れていた。
後ろの席の男性は一人きりでタバコを吸っているだけであった。


気付いたら節分の日が過ぎていた。
福豆の期限が迫っていたので食べようと手にすると、その豆から小さな人に似たものがわらわらと豆の数だけ出てきた。
多分、福の神だと思う。


秒針の音が聞こえるくらい静かな部屋にいると、小さな声が聞こえてくる。
一分一秒の隙間に潜んでいる声、何かを呟いているそれがいつから居るのか?何を呟いているのか?
それが分かってしまう日が来るのが怖い。


窓が汚れて曇り始めると、その人はいつも窓の外に立っている。
多分、女の人だと思う。
髪と服の裾がひらひら揺れてる。
この場合、窓を綺麗にした方が良いのか……それともこのままぼんやりさせた方がいいのか。
未だに悩んでいる。


窓際、月明かりの下にマッチ箱を置いておくと箱の中のマッチの数が減るらしい……それは小人が盗んでいるのだとか。
真相が知りたくて夜中に布団の中から覗いていたら、マッチ箱から小人がそろそろと出てきて去って行った。
次の日その小人の数だけマッチは減っていた。


「変な話をしよう」と変な話が来たので、変な人は変だと気付かずに巻き込まれているのであった。
例えば、この文章を読みながら「ふむふむ、全くわからないな」などとしたり顔で頷きながら読み進めてしまったり。


街で見かけた少女二人が内緒話をしている。耳打ちしている少女の口からは赤い花が咲き、聞き耳を立てている少女の耳からは白い花が咲いていた。


街角が好きだけど、節分の日だけ嫌いになる。
角が生えてくる上に、怖がられるから。


スイートピーを飾ると蝶々になって飛んでゆくし、金魚草を飾ると金魚になって泳いでいってしまう。
今日は胡蝶蘭が鳥になって飛んでゆくのを見た。
それらがどこに行ってしまうのかは分からない。


夜になると、ひたひた足元まで水がやってくる。それが見える人と見えない人がいるんだけど、それに触れる人と触れない人もいるらしい。
変な話だけど、夜に色はついてる?
それって君にだけ見えてない?
変な話だけど。


木目をじっと見ていると、木目が流れて見えるのだ。たまに魚影が過ぎったりもする。ある場所では人の形の何かが流れて行ったりもした。


窓の向こうからじっとこっちを観てる目と目が合うのだけれど、向こうはこっちが見てることに気付いていない。
そして、それを向こうでは[映画]と呼ぶ。


月が増えてゆく夜には、月を食べる男がやってくる。
月を栽培する女が嬉しそうに教えてくれた。


その街は灰色や黒色のビルが建ち並んでいて、この街ではそれを[墓場]と呼ぶのである。


スーパーの魚売り場で魚の目を見ていたら、その透き通った瞳の中に魚が泳いでいるのが見えた。


とある街の文学館の外壁には詩が書かれていて、たまにその壁には猫の足跡がついているのである。
その壁、普通の猫が登れるようには出来てないのだけれど……もしかしたら、その文学館の近くの屋根の上の猫の置物がつけたのかもしれない。


木に赤い風船が引っかかっているのを遠くから見つけて、何だかどうしても気になったので近くまで行ってみた。
それ実は風船じゃなくて幽霊だったので、見て見ぬふりして通り過ぎた。


学校のカーテンが外から見ると人が入って膨らんでるなって思ったけど足が見えなくて、風が吹いてカーテンが揺れるとやっぱり中に人は居なくて。
風が通り過ぎたと思ったけど、中の人が出て行っただけじゃないかな……と後になって気付いてしまった。


螺旋階段の途中にネジが付いていて、それを巻くとオルゴールのメロディーが流れてくる。
そのメロディーが流れてる時は何故か目が回るらしい。


奇妙な隣人が住んでいる。
けれど、自分が奇妙だとは疑いもしなかった。


鳥書と蝶書と呼ばれる奇書があってそれの前者は鳥の形、後者は蝶の形で飛んでいる書物なのである。
動物の鳥と虫の蝶とそっくりなので見つけ出して読めた人は殆ど居ないのだとか。


写真の中の初恋の人が美しいまま時を止めてあの頃の思い出を楽しそうに話すものだから、彼も写真になって時を止めて隣同士で毎日語り合っているのだそうです。


通勤電車で見かける人の中に、背中に押しボタンが付いている人がいる。
押したらどうなるのか分からないけれど、とても気になっている。


前を歩いている人の首から背骨に沿ってファスナーがついている。
特殊メイクなのか、着ぐるみなのか……開けたら中に何が入っているのか?


花壇に見たことない花が咲いている。
風が吹くたびに揺れるのだけれど、そのたびに花の色が赤青黄と信号のように変わるのである。
青の時だけ何かが通っているのだろうか?


夜中に奥歯の中で話し声がする。
朝、鏡で奥歯を見ると虫歯が出来ていた……虫歯なだけに虫の知らせだったのかもしれない。


ソファーの下から黒猫が出てくる。
一匹が去って暫くするとまた一匹が出てくる。
何匹も何匹も出てくる。
怖くなって数えるのをやめた。


橋の上から川を覗いていて、自分の影が映ってると思ったら全く知らない人だった。
驚いてそのまま暫く見つめ合っていたけど、魚が跳ねる音と共にその人は消えてしまった。


始発の電車に乗ってうとうとしていたら、足元から羊歯植物がざわざわと生えてきた。
驚いて足を上げると、植物も驚いたのか跡形もなく引っ込んで消えていった。


夜中に窓の外を見ると星から糸電話が垂れ下がってきていたのだった。
あれで死者と話ができるに違いない。


蜥蜴が壁を這っている。
目を離したら二匹になっていた。
じっとみていると、蜥蜴の影からまた蜥蜴が一匹現れた。
増えてゆく蜥蜴があっという間に壁一面を覆い尽くすと、夜がやってきたのであった。


天井から蜘蛛が垂れ下がる。
蜘蛛の腹の模様が女の顔をして笑っていた。


心臓が凍りつくような冬の日、息は白く色づいて女はポロポロと雪玉を吐き出した。
月明かりの下で、雪玉から芽は出て膨らみ雪月花を咲かせた。


パスタを茹でて皿に盛り付けてパスタソースをかける。
フォークを取ってきたら一本だけ皿から飛び出していて手で掴もうとしたら、にょろにょろとそれは慌てて逃げて行った。


アラームが鳴っている。
朝、枕元を手探りして止める。
まだ鳴っていると思ってハッとした。
窓の外で音が鳴っていたのだ。
人の顔をした鳥がアラームを真似て鳴いていた。


目の前を歩く二人組の片方の影が長く長く縦に伸びてゆく。


その古書を開くと、言葉がバラバラになって頁を泳ぎ回っていた。
紙魚がそれを食べると、頁は滲んで読めなくなった。


ガラスの中で泳ぐ魚、ガラスの中で飛ぶ鳥、ガラスの中で舞う蝶……反射ではなく、そこに生きている向こう側の生命。
私に酷似した人物も生きているのだろう。


パソコンのマウスが壊れてしまったので、ペットのネズミをパソコンに接続した。
上手く接続できたので、新しいマウスを買わなくて済んだ。


借りてきた言葉を返す時がきたら、一体どれだけの人が困るだろう?
人が言葉に貸し出しされる日もある。


常夜灯をつけて蛾がやってくる時、巨きな深海魚に似た魚がゆっくり泳いでくる。
その魚は窓ガラスをすり抜けて蛾を食べて悠々と去ってゆく。


明け方に幽かに発光して咲いたその繊細な花は音もなく枯れ落ちて消えてゆくので、いつしか誰かがそれを幽霊花と名付けました。
地球ではその幽霊花に瓜二つの色違いの花が彼岸頃に咲くそうです。


植物が話す声は人の聴覚では拾えないくらい高いものや低いものが殆どなのですが、稀に聞いてしまう人がいるそうです。
聞いてしまった人は亡くなってしまうそうなのですが……植物の言語はマンドラゴラの叫びに近いのです。


甘い匂いを辿ると、大抵悪い結末に辿り着く。
腐る直前が一等甘いのです。


天国への階段を天使は登らないが、地獄への門は悪魔が通る。
そして人間は夢の道を歩くのである。


曲がり角を曲がってばかりいると、目の前の人物がずっと一定の距離で目の前を曲がってゆくのが見える。
その人の服が今日の自分と同じ服だと気付いてしまってから、振り向くのが怖い。


隣りの人の耳の穴から蝸牛が這い出てきた。
目が合うと慌てて耳の奥へと引き返して行った。


「水玉模様は虫のたまごなので、孵化する日がくるのですよ」と彼女は云う。
彼女の水玉のワンピースからは何の虫が孵化するのか、私は考えている。


果物の中に虫や動物が潜んでいたら、と考えたら食べるのが怖くなる。
自分の中も同様に、何か潜んでいたら?と考えて耳を塞ぐ。


「目がチカチカする時は、目の電力が低下しているので速やかにシャットダウンしてください」とアナウンスが頭の中で放送されていた。


真夜中に新しい箱ティッシュを開けた次の日の朝、風もないのにふわりとティッシュが一枚宙に浮かんでひらひらと部屋の中を羽ばたいた。
窓を開けると嬉しそうに出て行った。


スマホの写真が気付くと増えている。
風景写真は、どれも人が撮影できる高さやアングルでは無い。
美しい風景が多いので残したままにしてたまに見ている。


道端に靴が一足置いてあった。
たまに落ちてるよなーと思いながら眺めていたら、それは見えない人がいるかのように向こうへと歩いて去って行った。


砂浜に座って海を眺めていると、波打ち際で魚が跳ねたような水飛沫が上がった。視線をそちらに移すと、今度は人の手形みたいな足跡がてんてんと砂浜へと上がって来るのだった。


湯のみの絵柄の花の蕾が膨らんで咲いていた。
次の日には花が枯れ、また新しい蕾が膨らんでいるのであった。


砂場で山を作ってトンネルを掘っていると、誰かの手が砂の中で触れた。
一人で作っていたのに。


頭の中に思い出を飼っている。
誰もが飼っているのだけれど、気付かずに思い出に飼われてる人もいるのだとか。


お香を焚きながら書いていて何か不可視なものに触れていると、その煙が自分の方へと近付いてくる。


見慣れたものと見たこともないもの、どっちがこわい?どっちもこわい?
鏡の中の自分と自分の影が揺らぐ。
果たして、自分はこんな顔をしていただろうか?こんな形をしていただろうか?


美しい石の中で、地球や宇宙の景色や記憶が閉じ込められている。
枕の下に入れて眠るとそれを夢に見ることができるらしい。


畳の上に小豆が落ちている。
小豆と言えば小豆研磨ぎや小豆洗いだなと考えていたら、小豆がすすーっと移動してゆく。
よく見たら小豆サイズの豆狸であった。


夜空に舟が浮かんでいて、そこに蛙や兎、ザリガニや蟹などが乗っている。
地球ではそれを月と呼ぶらしい。


空気が澄んでいると、空から布が何枚も垂れ下がっている。
半透明なそれには願い事が書いてあって、自分の願いをそこから見つけられるとその願いは叶うという。


天気が良い日、コウモリ傘をさしている男に出会った。
その男が傘を閉じると男は一匹の蝙蝠になって西の空へと飛んでゆくのであった。


夕方にスクランブル交差点を渡ろうとすると、いつも渡りたい向こう側に黒い犬が待ち伏せている。
その犬は黙ってこちらを見つめていて目を離さないように渡るのだが、人に紛れるようにいつも姿を消すのであった。


子どもの頃にタイムカプセルに手紙を書いていたらしく、その手紙が届いた。
手紙の内容は支離滅裂で意味が分からなかったが、それは詩だったのだ。
受け取った時には分からなかったが、それから十年経った今の現状が隠喩で示唆されていた。


レタスを食べようと一枚剥ぎ取ると、その薄い葉の内側に小さな青虫がくっついていて、それはあっという間にはらはらと毛糸のようにほどけて一本のリボンになった。
そのリボンを持って外の枝に蝶結びすると、それは一羽の蝶になって飛んで行ってしまった。


やまびこが違う返事をしたら、山から帰してくれない前兆なのだとじいちゃんは笑う。
じいちゃんが笑うと山に春が来る。


空気が青く染まる日に、空から海月が漂ってくる。
そういう日は呼吸が全部泡になるし、言葉もくぐもって聞こえる。


目だけに夜が棲みついてしまうと、視力は奪われてしまう。


青い猫の髭はアンテナです。
雷に似た電波を受信して、今日も欠伸をひとつ。
鍵しっぽはチャンネルを変更して左右に揺れ、今日も嚔をひとつ。


鏡の前で双子は語り合っていた。
これから、について。
鏡の中の双子は一人だった。
ドアを開けて出て行ったのはどっち?


気付くとテーブルに湯気の上がる湯のみが1つ置いてある。
お客さん用の湯のみがいつも居ない筈の何かの来訪を知らせていた。


スイカや林檎などの種がある果物を食べようと皮を剥く時に、小さな穴が空いているものには種が存在せず空洞だけが残っている。
種だけを食べる何かが食べ尽くした後のように、一個も種は残っていないのである。


電気のかさの中で細長い魚がくるりと泳いでいる。
ある土砂降りの日、魚は暴れ雷が近所に落ちるのを合図に外へと飛び上がり雲の上へと身をくねらせた。
それから気付いたのだが、その細長い魚は龍の子だったに違いない。


雨が降った後の蜘蛛の巣の雨粒が数千年に一度の月明かりに照らされると、宝石になるのである。


極楽鳥を羽根を空き瓶に入れて発酵させると、その羽根の色のインクが出来上がる。
そのインクで書かれた物語を詠むとその物語の夢を見られるらしい。


とある工場では綿菓子を作っているのだが、その工場の真上の更に雲の上の工場では雲が作られている。
まるで上下の工場が連携しているかのように。


シャボン玉が弾ける寸前、シャボン玉に映る景色に未来が映ることがあるという。


時計に棲む鳩が9時になると空へと飛んでゆく。
その鳩が青くなって鳥籠に戻ってくると、部屋の中はほんの少しだけ幸福の空気で満たされるのである。


じっと蝋燭の火を見ていると蚊が火の中に飛び込む。
燃え上がる瞬間、文字になって消えてゆく。
その言葉は遺言だったのかもしれない。


階段を上っていると、ドレスの裾が翻って見えた。目線を上げるとそこには何も無いのだが、また爪先に視線を落として上っていると死角にひらりと裾が翻るのである。
踊り場の怪異は優雅に嘲笑うかのように死角へと逃げてゆくのであった。


標本が陳列していて、奥へ向かうほど知らない生き物が並んでゆく。
一番奥へと辿り着くと、古い木の扉が待ち構えていた。
その扉に手を伸ばした瞬間、向こう側で同じように誰かが手を伸ばした気配がしてドアノブ越しに互いに躊躇したのだった。


毎日見る夢の続きでは、身体のパーツを家で一箇所ずつ見つけ出すというものだった。
右腕、左足、胴体、左手、右目、左耳……このパーツがすべて揃ったら何が起こるのだろう?
現実で動かない身体を横たえたまま、私は窓の外を眺めながら考えていた。


水槽に飼っている黒い魚の吐き出した泡が、水面でぷかぷかと浮かんでいた。
虹色であったり、真珠に似ていたり……その時によって色彩が異なるのだが、とても美しかった。
その泡はもう一匹の白い魚が食べてしまうので、私以外だれもその美しさを知らない。


ある教室の机に物を置くと、斜めに傾けたかのように置いたものが流れて行って床へと落ちてしまう。
他の机ではこうならないのだが、不思議な事にこの机だけ物を置く事が出来ないのである。


頭上を掠めるように何か巨大な影が過ぎって行った。
街路樹の葉があっという間に枯れてぱらぱらと音を立てて地面へと落ちてゆく。
影は見えたけれど、その巨大な何かの姿は見えないのであった。


ごみ捨て場に置いてあるぬいぐるみの縫い目へ小さな虫が行列を作って入ってゆく。
それを見てから、私はぬいぐるみに触れることができない。


桜の木の下には死体が埋められているから桜はその精気を吸って美しいと聞くけれど、その桜の木の枝という枝から逆さまに吊り下がっているように見える幽霊の数は夥しい。


子どもの頃、父の部屋のボトルシップをじっと見ていた。
船の上を小さな人々が生きているかのように働いていた。
向こうからしたら、こちらが見えないのは幸いかもしれない。
もしかしたら、今この瞬間を同じように私も何者かに見られているかもしれない。


風邪を引いて咳をすると、飴玉が畳の上を転がってゆく。
赤、青、黄色、緑、白……果たして、これは食べられるのか?
とりあえず綺麗なので瓶に入れておく事にした。


そのだるまは起き上がらなかった。
横になったまま「だるい、だるい」と呟いていた。


道の真ん中に雲が落ちていると思ったら、まんまるい真っ白な猫であった。
猫はこちらに気付き一声鳴いた。
横を通り過ぎて振り返ると、猫は鳴き声をまたひとつ残してぷかぷかと空へ帰ってゆくのであった。


昔、地図に青いペンで大陸に色を塗ったらその大陸は海の底に沈んでしまった。


行列の最前列と行列の最後尾が向かい合っていた。
入口と出口が同じで、行列の人々は同じ顔をしていた。


じゃがいもに足が生えて冷蔵庫へ走ってゆく。
冷蔵庫の中で芽を出す前に食べなくては、と私は包丁を握りしめて考える。


睡魔が小さな舟に乗り、夜の波を漕いでくる。
枕元で何か囁くように物語を読んで聞かせるが、その本の内容によって悪夢を見たりもする。


畑のミニトマトの顔は亡くなった祖先が連なっているのであった。


少しずつ近付いてくる。
少しずつ近付いてゆく。
それはわたしに似てくる。
それにわたしが似てゆく。
どっちがわたしだった?


「変な話をしよう」と一日に十個変な話を書いていた。
百個書いていたら目の前を百鬼夜行が通り過ぎて行った。
蛇の道は蛇、
「もうこの話は終わりにしよう」



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