chips S#36

明け方だった。たぶん僕にとっても誰にとっても。自宅方向へむかう列車の向かいの席に女装した男が座っていた。ずっと横を向いて流れてくる景色を眺めていた。ブルーのワンピースにヒラヒラのついたカーディガンを羽織っていた。赤いハイヒールの横に大きな紙袋がある。結婚式の引き出ものなのか。朝まで飲んでの帰り道か。彼女と同じ方向の景色を見つめた。朝陽が昇ろうとしていた。彼女が泣いていることに気がついたのは少ししてから。光は通過するものの内在を反射する。嬉しいのか哀しいのかはわからない。僕も泣いていた。繰り返すことできはしない。戻ることはできはしない。足跡が追い越して行くのがみえた。その先へ行きたくないのなら、違う足跡をつけていくしかないのだ。
もう行きなよって君は言った。次の駅の次のベルで。
君は君の列車、僕は僕の列車へ。離れてゆくレール
それぞれのレールへ。慈しい日々の終着駅。君は君の列車。僕は僕の列車へ。離れてゆくレール。それぞれのレールへ。



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