振り返る記憶

これはあまり、気分のいい話では無い。
悪くなる人も居るだろう、寧ろ。良い気分になる人はそうそういないのでは無いだろうか、これはそんな暗い話。

私には消したい記憶がいくつもある。
けれどその中でも特段、私の為に、私の弱い心の為に、そして。守りたいなにかのために消したい記憶が2つ。

今の私は、お互い何かしら下手くそで、時折手探りで確認しつつもなんだかんだ幸せに過ごすような彼氏が居る。
何処にでもあるような幸せ、とは違うけれど。それでも、幸せなのだと声を大にして言いたい。

穢れた身体も、この記憶も全て捨てて、そう叫べたら良かった。

余りに苦く、苦しい記憶。

1つ目は、まだ付き合う前の話。だから、まだ守りたいものはその時点ではまだ、持ち合わせていた。
丁度その頃はまた別の人と交際していたが、兎に角我儘な人だった。その我儘に必死に応えていたが故に余りに酷い生活をしていたので心が弱っていた時期だった。
その時の弱りようと言えば、友人との通話中に子供のようにご飯を食べたい、眠りたいと声をあげて泣くほどに。何をするにも早く終わらせなくては、と焦り常に負担を感じていたように。挙句には、死んでしまおうかと死に方を考え始めるほどに。

それ程に弱っていた時期、兎に角頼れる人が欲しかった。縋れる人が欲しかった、のだと思う。
その頃に1番距離の近かった人に、弱った私は甘えてしまっていた。あろう事か、体を暴かれることに何も抵抗も、疑問も持たないほどに。
交際相手との別れ話を母から相手にされる程に疲労していた。けれど、ゆっくりと休める時間が出来ていけばその異常さに気付いてしまうものだ。
あろう事か、その人は私よりもずっと歳上で、更には妻子も居る人だった。全てが可笑しかった。

思考の緩んでいた私にも非はある、それは分かっている。けれど、でもそうだとしても、やはり。可笑しいのだ。
妻子を持ちながら、ずっと幼い子供であるはずの私に愛を囁き、その体を暴く事が。弱っている所に目をつけられたと言うべきか、精神的に疲労しきった子供に、手を出しているのだから。こればかりは、私にも非があるとしか言えない。私だってもっと慎重に考えるべきだった、しっかりと事を理解するべきだった。幼いとはいえそういう事柄を理解できないほどではとっくに無かったのだから。それに、この頃はまだ今の交際相手と付き合うずっと前だったから私の中ではまだ許せる話だった。

2つ目は、なんと言えばいいのか何も分からない。ただ湧き上がる怒りと、悲しみと、そして罪悪感に押し潰されそうになる。強いて言うなら、私は今後一生背負っていくのだろう、私一人がこの消化出来ない何もかもを抱えて。

私の純情を土足で踏み躙った貴方を私は永遠に許さないだろう、私の守りたかった彼氏だけのものという心を返してくれ

事は眠っている間に始まっていたらしい。違和感に目を覚ました頃にはもう手遅れだった。安全だった家の中が、私にとって心から安心できないものになった瞬間だ。その頃には既に夜間の窓際がとある事件により安心できない場所だったのに、あろう事か窓際ではない、唯一安心出来る空間が奪われた。鍵を閉めているから、なんて気休めにはならない瞬間にもなった。

横になった私の背後から聞こえる慣れた声、どうしたって夢ではないと理解してしまうその違和感。目が覚めた私を襲ったとてつもない恐怖。
私は、どうすればよかったのだろう。
逃げるように眠り、目が覚めても残った違和感に、夢ではないとそう突きつけられて。二度と目覚めたくない、どうせなら死んでしまいたいと、そう絶望しながら布団に体を沈ませた。仕事をしていたので、とっくに始業時間を超えて迎えに来た母に水をかけられ虚ろな眼で車に乗り込んだことを覚えている。

母には泣きながら事の顛末を話した。聞き慣れた声は私の近くに一人しかいない、顔を見てはいなかったけれど、確信に近い感情で名前を出した。

その言葉は、好きだからという色眼鏡付きの在り来りな言葉で否定された
私よりも、それが大切なのだと見せつけるように

顔を見た訳では無い私のその意見は勿論否定された。けれど、それでも。確信した状態だったので違うかもしれない、と流すことなんて出来なかった。その頃にはもう既に、今の交際相手と幸せになっていたから。

私の守りたかったものは、鍵を閉めた家の中で、簡単に壊されたのだから。唯一な、綺麗なままだと自分を認めることのできた事さえも、無くなった。私の心に、全て無くし、汚れてしまったという意識ばかりが募っていく。

泣きながら現場にいた社長に話を通し、暫く休む許可を得る程には弱ってしまった、名前を聞く度、画面越しに姿を見る度反動で何かを傷つけようと手が動くほどに。憎しみと、怒りと、悲しみで私は染っていた。
今となっては、私だけがこの気持ちと生きていくのだろうという意識の元にこやかに名前を出すことも、顔を見ることもできるようになってしまった。私は、汚れてしまったまま。

どうか、消えてくれれば。でも、記憶も、事実も消えない。ならば、私だけでもこの記憶を、この罪を抱え続けてみせよう。死して尚、怨んでいるかもしれない。憎んでいるかもしれない。私は、重い十字架を背負っている。その意識の元生きていく。

私は忘れない、全て。地獄に落ちてもいい、だから。どうか、いつか業火に燃やされてくれ。私の恨みという火に焼かれて、悲しみという水に沈んでくれ。


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