見出し画像

『青鬼 元始編』原稿08

第3話 きずあと(1)

▼路地

 夜。月明かりに照らされた直樹。長く伸びた彼の影は、不気味な怪物のような形をしている。

直樹〈今日に慄きながら〉「……なんだよ、これ」

ジェイルハウスに向かって勢いよく駆け出す直樹。

直樹「やっぱり、黒魔術の儀式をひろし君に見られてしまったんだ」

振り返ると、自分の影が青鬼になって追いかけてくる。

直樹「あああああああっ! 誰か……誰か助けて!」

必死で逃げる直樹。

直樹(イヤだ。死にたくない。呪い殺されるなんて、そんなのは絶対にイヤだ)

 大通り。横断歩道を渡ろうとするが信号は赤。何台もの大型車がものすごいスピードで走り抜けていく。仕方なく立ち止まる直樹。人形の首からどくどくとあふれ出す青い液体。慌てて人形の首を押さえるが、液体は指の隙間からいつまでもこぼれ落ちる。

直樹「止まれ……止まれ……止まれ」

 視線を感じ、背後を振り返る直樹。街灯に照らされて3つに伸びた直樹の影が、じっと彼のほうを見つめている。にやりと笑う影。

直樹「う……うわあああっ!」

 思わず車道に飛び出す直樹。寸でのところでトラックに轢かれそうになる。トラックに撥ねられ、宙を飛ぶ人形。人形は無傷のまま、直樹の目の前に落下する。

運転手「死にてえのか、馬鹿野郎!」

 直樹に罵声を浴びせ、走り去るトラック。車道の端にうずくまる直樹。

直樹(いっそのこと、このまま死んでしまえば、卓郎からも呪いからも解放されて、楽になれるんじゃないのか?)

 立ち上がり、ひっきりなしに走り続ける車を見つめる直樹。だが、震えるばかりで車道に踏み出すことができない。

直樹(……僕は本当に意気地なしだ。戦う勇気どころか、逃げ出す勇気さえ持つことができない)

 人形を拾い上げる直樹。

直樹(僕はただ普通に毎日を過ごしたいだけなのに……それなのにどうして、こんなことになっちゃうんだろう?)

 信号が青に変わる。肩を落とし、横断歩道を渡る直樹。

直樹(どうすればいい? どうすれば……)

 前方にジェイルハウスが見えてくる。

▼ジェイルハウス

直樹(黒魔術の儀式を他人に見られてしまった場合、直ちにその者を殺せば、自分に呪いが降りかかることはない)

 玄関扉の前で立ち止まる直樹。人形をポケットに入れ、代わりにキーを取り出して扉を開ける。

直樹(ひろし君を殺せば、呪いは解けるはずだけど……できるのか? 僕にそんなことが……)

 しんと静まり返った玄関ホール。扉を開けたままの状態で、室内に上がり込む直樹。

直樹「……ひろし君、どこ?」

 あたりを見回しながら、ゆっくりと廊下を進む。

直樹「さっきはゴメン。僕にもよくわからないんだけど、なぜか急に扉が開かなくなっちゃったんだ」

 背後で扉の閉まる音。振り返ると、開いていたはずの玄関扉が閉まっている。

直樹「……ひろし君?」

 扉の前に駆け戻る直樹。しかし、扉は開かない。ポケットからキーを取り出し、鍵穴に差し込むが、それでも扉が開く気配はない。

直樹「……え? どうして?」

 ノブを乱暴に回す直樹。
 背後でパタパタと廊下を駆けていく足音。振り返ると、たくさんあるドアのひとつが閉まる。

直樹「ひろし君なの?」

 ドアに近づき、生唾を呑み込む直樹。緊張しながらドアを開ける。室内には誰もいない。
 そこは子供部屋。床には可愛らしい絵柄の絨毯が敷いてある。ベッド、勉強机、本棚。おもちゃがいくつか散らばっている。

直樹「……子供部屋? どうして? ここは空き家のはずなのに……」

 ベッドの影に何者かの気配。

直樹「誰?」

 身体を強張らせる直樹。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?