『青鬼 元始編』ボツ原稿03
第5話 せんけつ (3)
ひろし〈天井を指差し〉「直樹君。あそこを見てください」
天井の一部にぽっかりと穴が空いている。
直樹「……穴?」
ひろし「上の部屋と繋がっています。ベッドを動かしたら見つかりました。まるで忍者屋敷みたいですよね。なぜ、こんな造りになっているのか、ひじょうに興味があります」
直樹「…………」
ひろし「この部屋にしてもそうです。中央に置いてあるこのピアノですが……」
赤く染まった鍵盤を指差すひろし。ほのかは涙を拭い、不思議そうにひろしを見る。
直樹「これって……血?」
ひろし「僕も最初はそう思いましたが、おそらく血に見せかけて塗られたものだと思います」
直樹「どうして、そんなことがわかるの?」
ひろし「よく見てください。鍵盤はひどく汚れていますが、鍵盤と鍵盤の隙間は白くキレイなままです。もし血か、あるいは赤い液体がこぼれたのであれば、こんなふうにはならないでしょう」
直樹「つまり……どういうこと?」
ひろし「誰かが意図的に、このような細工をしたのではないかと、僕は考えています」
直樹「なんのために?」
ひろし「先ほどからそれを考えているのですが……」
あごに手を当て、ピアノの前で考え込むひろし。彼は固まったように動かなくなってしまう。
直樹「……ひろし君?」
しかし、返事はない。
心の声(殺せ! こいつ、一度熱中すると、周りのものが見えなくなる性格だろう? 隙だらけだ。今なら殺せるぞ!)
直樹、ポケットからアイスピックを取り出し、ひろしの背中に近づく。
心の声(そうだ、それでいい。ためらうな。一気に突き刺せ!)
右手を振り上げる直樹。
ほのか「ダメです、お兄さま」
ほのかが直樹の腰にしがみつく。
直樹「……ほのかちゃん」
ほのか「傷つけられる痛みを思い出してください。なにがあったのかはわかりませんが、誰かを傷つけたってなんにも解決しません。よけいに苦しくなるだけです」
直樹「だけど、こうしないと僕が……」
ほのか「ほのかもそうでした。どうしても耐えられなくなって、眠っているお母さまの胸にナイフを突き立てたことがあります。でも、それで救われることはありませんでした。お母さまから受けた以上の傷を、ほのかは自分の心に刻み込んでしまったのです。お兄さまに同じあやまちを犯してほしくはありません」
直樹「うるさい。君になにがわかる? 僕は……僕は……」
頭上高くに持ち上げたアイスピックを振り下ろそうとする直樹。彼の目に、鍵盤の赤い汚れが飛び込む。
直樹(……真っ赤な鮮血)
回想。床に滴り落ちたたけしの鼻血。
たけし〈回想〉「いてえ。いてえよお」
直樹(血……)
回想。校舎裏。卓郎に腹を殴られ、その場に倒れこむ直樹。すりむいた膝から流れ落ちる血。
直樹(血……血……血……)
回想。青鬼に襲われるほのかの姉。あたりに飛び散る鮮血。
直樹「……ダメだ。できない……」
右手をゆっくりと下げる直樹。
直樹「僕にはできないよ……」
突然、ほのかが直樹の手を引っ張り、部屋から出ようとする。
直樹「ほのかちゃん……なに?」
ひろし〈ようやくピアノから顔を上げ〉「どうかしましたか?」
ほのか「……おしっこです。一人では怖いので、お兄さまについてきてもらおうと思って」
ほのかに引っ張られて、洋間を出る直樹。
つづく
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