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逆転検事 ヤンマガ版未発表脚本30

時の館の逆転(終)

《登場人物》
・御剣怜侍(みつるぎ・れいじ)……検事局始まって以来の天才検事
・糸鋸圭介(いとのこぎり・けいすけ)……所轄署で殺人の初動捜査を担当している刑事、御剣とは旧知の仲
・時田針之輔(ときた・しんのすけ)……高級時計メーカー《トキタ》の創始者であり、現会長、脚が悪く車椅子の生活を余儀なくされている、コレクションルームはアンティークな柱時計や置時計であふれかえっている、規律に厳しくとくに時間にはうるさい、息子の時田龍頭を殺害、77歳
X時田龍頭(ときた・りゅうず)……針之輔の長男、《トキタ》社長、経営不振の打開策として会社を売却しようと考えている、何事にもルーズな性格、被害者
・幸丸事郎(ゆきまる・じろう)……針之輔の身の回りの世話をしている執事

▼シーン11(続き)

 おずおずと手を上げる幸丸。

〈幸丸〉「あの……その鍵は私が落としたのです。旦那様の言いつけで、今日の昼間、マンションの部屋を掃除しまして……おそらく、そのときに落としてしまったのだと思います」
〈御剣〉「執事。忠誠を誓った主人を守るためとはいえ、嘘は感心できぬな」
〈幸丸〉「私は嘘など……」
〈針之輔〉「そうだ。彼は嘘などついていない。鍵を落としたのは執事だ。これですべて解決だな。さあ、鍵を置いてお引取り願おうか?」
〈御剣〉「残念ながら、そうはいかないようだ」

 御剣、巻き鍵をポケットに戻す。

〈針之輔〉「お、おい。どうするつもりだ?」
〈御剣〉「事件の重要な手がかりとなるかもしれない。この鍵はしばらく預かって……そうだな、土曜日にでも返すことにしよう」
〈針之輔〉「ふざけるな! ゼンマイは時計にとって命そのものなのだぞ。ゼンマイが伸びきれば、時計はひどいダメージを受ける。そうなってからでは遅いのだ。今すぐ鍵を返してくれ」

 御剣に詰め寄る針之輔。

〈御剣〉「おかしいな。それは無用の心配ではないか? あなたは事件当夜、すべての時計のゼンマイを巻いた、と証言している。奇跡の柱時計のゼンマイは、1週間で伸びきると話していたな。ということは、次の土曜日の夜まではゼンマイを巻かなくても時計は動き続けるだろう。ゼンマイが伸びきることもないはずだ。ならば、土曜日の昼まで鍵を預かったとしても、なにも問題はないだろう? あなたが昨晩の午後11時から11時半の間、ゼンマイを巻くといって大広間を出たあと、実際にはゼンマイを巻かずに殺人を行なっていたのでなければな」
〈針之輔〉「…………」
〈御剣〉「もう一度、訊く。あなたがご子息を殺害したのだな?」
〈針之輔〉[車椅子から崩れ落ち、御剣の前にひざまずいて]「……ワシの負けだ。このままゼンマイを巻かなければ、柱時計は金曜日の夜に止まってしまう。命の次に大切なコレクションに傷をつけるわけにはいかない……ああ、キミのいうとおりだよ。ワシが息子を殺したんだ……」

 観念する針之輔。

▼シーン12

 パトカー到着。連行される針之輔。

〈針之輔〉「龍頭が約束の時間に遅れなければ、殺害はもっと早くに行われるはずだった。もし予定どおりに事が進んでいたなら、鍵をマンションに落とすことはなく、こうやってキミに追いつめられたりもしなかっただろう。バカ息子め――あいつは最後の最後まで、ワシの足を引っ張ってくれる。まったく……とんだ親不孝者だよ」

 悔しそうに嗚咽をもらす針之輔。黙って彼の背中を見送る御剣と糸鋸。

                       時の館の逆転 おわり

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