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逆転検事 ヤンマガ版未発表脚本25

時の館の逆転(9)

《登場人物》
・御剣怜侍(みつるぎ・れいじ)……検事局始まって以来の天才検事
・糸鋸圭介(いとのこぎり・けいすけ)……所轄署で殺人の初動捜査を担当している刑事、御剣とは旧知の仲
・時田針之輔(ときた・しんのすけ)……高級時計メーカー《トキタ》の創始者であり、現会長、脚が悪く車椅子の生活を余儀なくされている、コレクションルームはアンティークな柱時計や置時計であふれかえっている、規律に厳しくとくに時間にはうるさい、息子の時田龍頭を殺害、77歳
X時田龍頭(ときた・りゅうず)……針之輔の長男、《トキタ》社長、経営不振の打開策として会社を売却しようと考えている、何事にもルーズな性格、被害者
・幸丸事郎(ゆきまる・じろう)……針之輔の身の回りの世話をしている執事

▼シーン7

 大広間の掃除をする幸丸に語りかける御剣。

〈幸丸〉「昨夜のパーティーについて詳しく聞かせてほしいって……一体、どういうことでしょう?」
〈御剣〉[窓に近づき]「ここからなら、事件現場へ続く階段を見通すことができる。もしかしたら招待客の中に、怪しい人物を見かけた者がいるかもしれない。それを確かめたいのだ。パーティーには何人くらいの客がやって来たのだ?」

〈幸丸〉[掃除する手を止めて]「30人ほどでしょうか。ご主人様の古くからのご友人が大勢訪れました」
〈御剣〉「パーティーは何時から始まった?」
〈幸丸〉「午後9時です。旦那様はお客様のお相手を、私は皆様に食事を運ぶため、忙しく動き回っておりました」
〈御剣〉「時田会長が席をはずすことはなかったのか?」
〈幸丸〉「トイレへ行ったり、飲み物を取りに行ったりで、短い時間、この場所を離れることはありましたけど……それがなにか?」
〈御剣〉「長時間、いなくなることはなかったのだな?」
〈幸丸〉「ええ」
〈御剣〉「本当か? ずっと彼のことを見ていたわけではないのだろう?」
〈幸丸〉「それはそうですが……旦那様は車椅子に乗っておられるんですよ。部屋からいなくなれば、さすがにわかります。私の言葉を疑っていらっしゃるのなら、ほかのお客様がたにも訊いてみたらよろしいのでは?」
〈御剣〉「そうすることにしよう。パーティーが終わったのは何時だ?」
〈幸丸〉「旦那様の毎日の就寝が午前1時なので、午前0時の終了を予定しておりました。しかし結局は、とくに親しい何人かの友人を引きとめて、明け方まで談笑されていたようです。喜寿のお祝いですから、少々はめをはずされたのかもしれません」

 なにやら思案顔の御剣。

〈幸丸〉「あの……もうよろしいでしょうか? そろそろ昼食の準備にとりかからないと」
〈御剣〉「もうひとつだけ。パーティーの間、会長が長時間席を空けることはなかったといったな? しかし先ほど彼から聞いた話だと、午後11時から11時半までの30分間は、時の間に陳列された時計のゼンマイを巻くことが日課だったようだ。昨晩も同じことを行なったのではないか?」
〈幸丸〉「ええ、おっしゃるとおりです。べつに、隠していたわけではありません。旦那様はきっかり30分で戻ってきましたから。わずか30分を長時間とは呼ばないと思いまして……」
〈御剣〉「その30分間、時田会長は誰とも顔を合わせていないのだな?」
〈幸丸〉「ゼンマイ巻きは、時の間にとじこもっての作業となりますから。……一体、どういうことです? まさか、旦那様を疑っておられるのですか?」
〈御剣〉「いや、そういうわけでは――」
〈幸丸〉「実の息子を殺すなんて、そんなむごい真似ができるわけないでしょう? そもそも、物理的に不可能です。ここから龍頭様の殺された駐車場まで往復するには、急な階段を登り降りしなければならないんですよ。脚の不自由な旦那様には到底無理な話です」
〈御剣〉「駐車場へ通じる道は階段だけではないはずだが」
〈幸丸〉「裏側につづら折りの小道がありますけど、そちらは大きく迂回しているため、やはり時間がかかります。30分で往復することは無理です。お疑いでしたら、車椅子をお貸ししますので、ご自分で確かめてみたらいかがですか?」

                           つづく

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