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逆転検事 ヤンマガ版未発表脚本26

時の館の逆転(10)

《登場人物》
・御剣怜侍(みつるぎ・れいじ)……検事局始まって以来の天才検事
・糸鋸圭介(いとのこぎり・けいすけ)……所轄署で殺人の初動捜査を担当している刑事、御剣とは旧知の仲
・時田針之輔(ときた・しんのすけ)……高級時計メーカー《トキタ》の創始者であり、現会長、脚が悪く車椅子の生活を余儀なくされている、コレクションルームはアンティークな柱時計や置時計であふれかえっている、規律に厳しくとくに時間にはうるさい、息子の時田龍頭を殺害、77歳
X時田龍頭(ときた・りゅうず)……針之輔の長男、《トキタ》社長、経営不振の打開策として会社を売却しようと考えている、何事にもルーズな性格、被害者
・幸丸事郎(ゆきまる・じろう)……針之輔の身の回りの世話をしている執事

▼シーン8

 時田邸の裏側――つづれ折りの迂回路にやって来た御剣と糸鋸。糸鋸は幸丸から借りた車椅子に座っている。手にストップウォッチを握る御剣。

〈糸鋸〉[迂回路を見下ろし]「うーん。道が細すぎて、車は登ってこれそうにないッスね」
〈御剣〉「バイクや自転車なら通行できるだろうが、脚の悪い時田会長には無理そうだな。となると、やはり移動手段は車椅子しかないか。刑事、とりあえず試してみよう。用意はいいな?」
〈糸鋸〉[タイヤに手をかけ]「いつでもOKッスよ」
〈御剣〉「用意……スタート!」

 ストップウォッチを押す御剣。雄叫びをあげながら、車椅子を走らせる糸鋸。

〈糸鋸〉[後ろを振り返り]「どうッスか? この華麗な運転テクニック! これなら5分で駐車場へたどり着くッス!」
〈御剣〉[大声で]「おい、刑事! 前を見ろ!」
〈糸鋸〉「え?」

 急カーブ。前方から木が迫ってくる。

〈糸鋸〉「うぎゃあああああっ!」[素早くタイヤを操作し、ぎりぎりのところで回避]「あ、危なかったッスぅ」
〈御剣〉「左にガードレール!」
〈糸鋸〉「ぎゃっ!」

 ガードレールに激突する糸鋸。
 ……数十分経過。テラスのベンチで紅茶をすする御剣。そこにボロボロになった糸鋸が、車椅子を引いて戻ってくる。

〈御剣〉「遅かったな」
〈糸鋸〉[ぜいぜいとあえぎながら]「駐車場まではなんとか10分ほどでたどり着いたッスけど、帰り道は勾配がきつくて、車椅子じゃ登れないッス。執事さんのいうとおり、車椅子に乗った人間が30分で往復することは絶対に無理ッスよ」
〈御剣〉[優雅に紅茶をすすり]「やはりそうか。実験などしなくてもわかりきったことではあったがな」
〈糸鋸〉「ひどいッス!」

 その場にへたり込む糸鋸。

〈糸鋸〉「御剣検事のおっしゃるとおり、顔見知りの犯行だとしても、会長さんが犯人でないことは明白ッス。パーティーにやって来たほかの客を調べるべきッス。そうそう――あの執事も怪しいッス。そもそも、どうして検事殿は会長さんにこだわるッスか?」
〈御剣〉「よく考えてみろ。被害者の車の中には高価な時計が置きっぱなしになっていたのだぞ。もし犯人が物盗りだったら――あるいは物盗りの仕業に見せかけたかったのなら、なぜ見るからに高そうなその時計を持ち去らなかったのだ?」

 首をひねる糸鋸。

〈御剣〉「簡単なこと。おそらく犯人には、その時計が見えなかったのだろう」
〈糸鋸〉「そんなわけないッス。現場には外灯もあったッス。見えないはずがないッス。ちょっと身体を伸ばして、車の中を覗き込めば……あっ」
〈御剣〉「そう――もしも犯人が車椅子に乗っていたならば、そのような体勢をとることはできない。センターコンソールは死角になったのではないか?」
〈糸鋸〉「いわれてみればそうッスね」
〈御剣〉「それだけではない。被害者の携帯電話に残っていた着信履歴。素人目には価値などわかるはずもない古ぼけた時計が盗まれていること。時間に厳しいにも拘わらず、事件当日は就寝時間を無視して明け方まで飲み明かしたこと――これはおそらくアリバイを確保するためだろう。すべての手がかりが、時田会長が犯人であることを物語っているのだよ」
〈糸鋸〉「でも、彼には鉄壁のアリバイが――」
〈御剣〉「ふっ……真相が明らかになれば、彼のアリバイも崩れるだろう。まだ、私たちが見つけていない抜け道が、きっと存在するはずなのだからな」

                           つづく

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