劇場版ウマ娘ネタバレあり感想「光を使う媒体として選ばれた映画」
劇場版『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』、非常に面白かったです。
アニメ・実写問わずに映画館で見る映画好きとしては「どうして映画でやるのか」「なんで配信や販売のみにせず映画館なのか」が気になってました。
漫画には漫画にする理由が、ゲームにはゲームにする理由が、それぞれの媒体に合わせた特性で展開するべきと個人的に思っているため「映画にする以上、映画にするだけの理由があったらいいな」と思っていました。
特に、「ROAD TO THE TOP」は配信のみでも十分な成功を収めていたからこそ「再び配信作品へ挑戦しないのか」とより気になってましたが、視聴後は期待を超えてきていて驚きました。
以下、ネタバレありで個人的にどう映画的だったのか、頭の整理を兼ねて描いていきます。
「光」そのものがモチーフとして多様される
光速を超える仮想の粒子、タキオン。
皐月賞で他ウマ娘に、可能性を見せはしたが、その速度へ到達しなかったことでアグネスタキオンを「光速を超える粒子の名を持ちながら、到達できない」ということで「光そのもの」に例えているように作中では見えました。
また、アグネスタキオンのような強者が放つ輝きを、光そのものになぞらえる演出も他キャラで何度かありました。
フジキセキはステージショーになぞらえたスポットライト風演出が。
テイエムオペラオーも同様に主演・覇王としての輝きを放っていました。
マンハッタンカフェの「おともだち」にも雷鳴の光がありました。
彼女という光が劇中でさまざまな人物を通す事で、変化を促していくような役割をより強調するために光に反応する様々なモチーフが出てきました。
クロノフォトグラフィーに始まり、映画撮影向けの大型カメラ、ジャングルポケットの持ってるペンダント、アグネスタキオンの研究室の窓にある飾り、マンハッタンカフェがいつも座ってる席の後ろの太陽光に反応して絵柄の変わる絵...…
作中様々な場所で光そのものがモチーフとしていたのが印象的でした。
ではなんで光がこんなに大事にされているのか考えてみます。
映画は「光の残像」を見るエンタメ
現実世界で映画という発明の元となった、世界最初のクロノフォトグラフィー「動く馬」。確かに「馬」と関わりのある映画作品を作るにあたって、これをネタに入れてくるのは遊び心があって出だしからすごくワクワクしました。
クロノフォトグラフィーは「連続で写真を撮ることで被写体の時間経過を記録する」という技術。馬の動きについての研究で、大量のフィルムカメラを並べて、眼の前を通過したら機械的にシャッターが切れるようにしたことで「馬の残像」の撮影に成功したそうです。
同様に、映画冒頭にはゾートロープ・フェナキストスコープに類似する表現も出てきて、現実世界の初期のアニメーション制作技法にも触れていました。
連続した絵を見せると、人間は「視覚の残像効果」によって絵が動いているように見えるという目の錯覚が、今はアニメに限らず動画という媒体全体で広く普及しているのは不思議な気がします。
フィルムという光の残像を記録する媒体に、光を当てることでその焼き付いた残像を何度も追体験させることの出来るエンタメ「映画」。
その映画という媒体での挑戦的な作品の冒頭にこれらを持ち出すことで「本気のアニメ映画、焼き付けてやるからな!!」というスタッフの思いを焼きつけられたなと個人的に思います。
焼き付いた残像を追いかけるキャラ達
映画という光を記録し、その焼き付いた残像を何度も追体験させることの出来る媒体を、心に焼き付けて楽しむ視聴者。
作中のキャラ達も、映画ではなく「誰かの走り」が各々の目と心に焼き付いた残像を追いかけ続けていました。
ジャングルポケットが、フリースタイルからトレセンに進んだのは、フジキセキの走りが焼き付いて「自分もあんな風に最強になる」という思いからでした。
皐月賞のアグネスタキオンの走りは、ライバルたちの心に焼き付き彼女たちに「負けるもんか」と奮起させるきっかけにもなりました。
しかし、ダービー後のジャングルポケットに取っては「ベストの走りをしても追いつけるイメージが湧かない」ということで、負の感情が焼き付いてしまっていました。
マンハッタンカフェも、アグネスタキオンの残像はもちろん「おともだち」の残像を常に追いかけていました。
作中最後、アグネスタキオンは自身の放った光をきっかけに成長したジャングルポケットを見てしまい「焼き付いている自分の走りの可能性を他社に到達させてよいのか」という考えに至ってターフに戻っていましたが、これは自分自身の光によって焼き付け直されたとも考えれます。
キャラクターへ感情移入をさせることで物語を楽しませるのは、エンタメ映像作品の基本ですが、感情移入の起点は作品や視聴者によって様々です。
自分にとってはこの「目に、心に焼き付く」という状況の一致によって、各キャラへの感情移入が始まったように感じていて、これが「映画作品」であることを印象付けされた気がしました。
光に反応するモチーフ達による補強
輝かしい光に反応するのは、何も視聴者やキャラ達の心だけではないです。
他にも作中には様々な光に反応しているモチーフが出てきました。
わかりやすいのはジャングルポケットのペンダント。彼女自身の心のを表すわかりやすいアイテムでしたね。
なんのペンダントなのかまではわからないですが、光を通すことでプリズムのように分光して虹色に反応しました。だからこそフジキセキのレースを見たり、アグネスタキオンとのレースをしたときなどできらびやかになっていた印象でした。
ペンダントが傷がつく場面がありましたが、ダービー後に「どうやってもアグネスタキオンに届かない」という負の思いを抱えはじめる夏合宿からでした。
アグネスタキオンの研究室の窓にも、同じような飾りがあり太陽光が差し込むとプリズムのように反応している場面がありました。これも彼女の心の現れなのかなと。
作中終盤にジャングルポケットに並走を申し込まれた際に、断ったことで彼女が去った後に研究室のカーテンを閉じるシーンがありましたが、あれは走りたいという自身の心のどこかにあった思いを閉ざしたように見えました。
ちょうどこのカーテンを閉めるシーンでわかりやすく描かれてましたが、マンハッタンカフェがよく座る席の後ろに「太陽光に反応して絵柄が変わる絵」がありました。
窓から光が刺してる時はプリズムに反応して三角に分光してた虹色のようなモチーフが描かれていました。アグネスタキオンがカーテンを閉じると、星空を写したような絵が現れていました。
アグネスタキオンの光がなくとも、「おともだち」の放つ雷光があるので前に進める彼女の比喩的な意味で使われているのだろうかと個人的には感じました。
また、皐月賞以降にアグネスタキオンの研究室の見える場所に置かれた巨大な「映画用カメラ」。
皐月賞以降はアグネスタキオンが視聴者・観測者側に回ったことの強調として画面の大きな領域を使ってでも出してやろうという意図を感じました。
そもそもカメラというのは「光を捉えて記録する機材」なので、これも光をモチーフとして多用しているからこそ出てくるものだなと思います。
アニメ演出として多様されがちな、「光の中にいる人物」と「影の中にいる人物」の対比も効いてくるところを絞って「ここぞ!」というところで使われていた印象でした。キャラ達の立ち位置自体がある意味で光に反応するモチーフいう考え方ができそうです。
特に自分が印象に残っているのは、夏祭りの花火シーン。
画面上手のフジキセキの顔に光がちゃんと刺してる中、下手のジャングルポケットの顔には影が刺していました。
ダービーを超えた夏から、ジャングルポケットが「アグネスタキオンの残像に追いつけないかも」という負の思いを抱えることになっている、その感情表現の補助として非常に強く印象に残っています。
光に反応するモチーフを、端々においておくことで視聴者の心に焼き付いた感情を2時間ない尺の中で何度も呼び起こさせようとしていたなと。
制作陣の手間も垣間見えて非常に楽しかったです。
まとめ「映画という媒体がなぜ選ばれたのか」
A.映画という光を用いたエンターテイメントが一番ふさわしい作品なるという確信があったから
実際の作品を見た結果として自分の中では、プリプロ(多くの作業スタッフを集める前に、メインスタッフだけで作品全体の骨子を固める作業のこと)の段階でそういった確信が持てたんじゃないのかなと想像しています。
映画は企業経営の視点から見ると、決して稼ぎの良い媒体ではないはずです。(安定性皆無な博打産業なので)
その中で映画でいこうと決めれたのは、どうにかしてこの作品の中の光を一番良い形で視聴者に焼き付けたいという制作陣の思惑が見えてきて、ファンとして素直に嬉しいなと思います。
映画好きとして、ウマ娘から競馬にもハマった人間として、映画業界の片隅で働く人間として、めちゃくちゃ制作陣の思いを焼きつけられました。
おまけ:ウマ娘経由で「映画」を見てほしい話
ウマ娘で久々に映画館に来たという人もちらほらタイムラインなどで見かけました。(4D上映も始まりますしね)
映画業界の片隅で働いてる人間として、映画好きな人間としても、もし「また別の面白い映画がみたいな」みたいな人がいたら見てほしいもの4本まとめておきます。
入門:映画大好きポンポさん
実写映画制作を題材にした、同名漫画原作のアニメーション映画。
映画以外なにもない監督志望の主人公ジーンを中心に、様々な視点で映画作りが面白く、真剣に描かれていてオススメ。
次点:ハケンアニメ
アニメ制作現場を題材にした、実写映画。
そのクールの頂点「覇権アニメ」。それを目指す新人監督を軸に、様々な役職の人達との奮闘が描かれる群像劇。
作中アニメは東宝アニメーション、OLM、ProductionI.G.、白組など名だたるスタジオが企画から売れるように考えているのもあり説得力もあり。
重た目:エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス
2023年、米アカデミー賞最多受賞作品。
曰く「アメリカ実写版『劇場版クレヨンしんちゃん』」
「マルチバースSF×カンフー」という一見お馬鹿な設定から繰り出される、大量の下ネタギャグと、アメリカ映画らしい物語のオチ。
主演女優の人生にも重なるような物語展開で二度美味しい
上級:NOPE
万に一つもなさそうな事故で父親が亡くなってしまって、牧場の経営を引き継いだ兄妹に襲いかかるコズミックホラー映画
映画冒頭に、この記事でも紹介した「映画の起源『動く馬』」についての話があるのである意味入り込みやすいかも?
「映画を観る」ことの功罪を問いかける重たい作品でもあるが、「AKIRA」リスペクトのシーンがあったりと日本人はつい笑う部分も多そう
上げた4本の映画は過去作なので、あまり復刻上映される機会はないですが、配信以外で見れる機会があれば是非。
ウマ娘公開合わせで、Xの方で「都内近郊で音響にこだわってる映画館」を上げたツイートをツリー状態にしてたりしたので、そちらももし視聴の補助になれば是非。