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ある週末サーファーの記録041 オーシャンシティ 1

 2021年、私はアメリカ東海岸に移り住んだ。それは、私の週末サーフィンの危機だった。

 アメリカは言わずもがなサーフィンの本場である。ただ、ハワイと西海岸には世界的なポイントがいくつもあるが、東海岸はその長大な海岸線のわりに、メジャーなポイントはほとんどない。南部フロリダ州などにはブレイクがあるが、私が住む予定の場所からは数千キロは離れていたため、無関係だった。

 仕事の都合での引越しだったが、週末に波乗りができなくなるかもしれないと思うと暗澹たる気持ちになった。YouTubeには周辺の海でのサーフィン動画が数本上がっていたが、お世辞にも良い波とは言えないものばかりだった。

 「サーフィン以外は、自分にとっても家族にとっても良い条件の引越しなんだけどな・・」
 「この転勤を断ったらもっと海のないところに飛ばされるかも・・」
 「マイナーなポイントでも多少は乗れる波はあるんじゃないかな・・」
 そんな言い訳で、本当は会社に転勤を断る勇気もない自分をなんとか納得させようとしていた。

 すっきりとしないまま時間だけが過ぎ、私は家族とともにアメリカの首都ワシントンの郊外に引っ越すことになった。現地に到着したのは晩秋の11月。秋だというのにしっかりとした冷気が足下から上がってくる。東京よりも寒い土地に住んだことのない私には、この先の冬の暮らし、そしてまだあるか分からないその地での週末のサーフィンが厳しいものになる予感がした。

 引越しがひと段落して、波を探しに行けるようになった頃には、完全にダウンジャケットの季節になっていた。ある日曜の早朝、日本から持ってきたショートボードと一番厚いウェットスーツを積み込んだ車で、暗い住宅街を出発した。高速と幹線道路を東に辿れば3時間弱で大西洋岸に出る。事前に調べた限り、好意的なサーフィン関連情報は何も無かったが、Google Mapでは海の近くにサーフショップがいくつかあった。
 「波ないところにサーフショップはあらず」
 そんな格言はないが、地図上のサーフショップは私にとって唯一のすがるべき「藁」だった。

 メリーランド州のオーシャンシティ(Ocean City)という町のビーチに着いた。夏は満車になるだろう広大な駐車場に先客は2、3台。驚くほど真っ青な東海岸の冬の空からは眩しい日差しが降り注ぐ。やや強めの北風が日の暖かさを相殺する。ダウンのジッパーを首までしっかり上げて、ニット帽を目深に被る。

 木製のボードウォークを横切って砂浜に出る。見渡す限りの大海原に無人のビーチ。砂浜には誰かの足跡が二筋残っている。

 波はどうか。

 沖からやって来るウネリは粘り強く割れそうで割れない。最後の最後にようやく割れて白くなった波は間も無く砂浜に力無くぶつかり、また海に戻っていく。乗る場所のない波、見事にショアブレイクだった。はるか遠方にはポツンとソウルサーファーが一人、キラキラと光る海に浮かんでいる。いつ来るかわからない乗れる波を待っているのだろうか。波が小さいということもあるが、それ以上にビーチ全域で浜辺から急深の地形なのが見てとれた。
 「これはやっぱりダメかも・・」
 一瞬そう思ったが、まずは情報収集だ。Googleによれば、そのビーチの近くにあるらしいサーフショップに僅かな期待とともに向かった。

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