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ある週末サーファーの記録024 プライア・デ・イタグアレ 3

 サンパウロに向かう車内では、タクシーの運転手から何度も慰めの言葉をかけられた。そのタクシーのお父さんは、イミグランテス高速のまっすぐな山道を上りながら、なぜか自信ありげに「車はきっと見つかるよ」と言ってくれた。困っていたり助けを必要としている時、ブラジル人はとても優しい。じゃあこの犯罪率の高さは何なんだとも思うが、犯罪の多さと人の優しさは別に相反するものでもないのかもしれないと思ったりもする。

 約2時間でサンパウロに着いた。まずはタクシー代を精算しなければならない。財布も家の鍵も消えた車の中だ。当時私は単身赴任、家族も家にいなかった。なんとかしてお金を手に入れる必要があった。当然ながら携帯電話もない。どうやって、誰に連絡を取ったものか。

 実は、盗難届を出したグアルジャの警察署でパソコンを使わせてもらっていた。そこからFacebookにアクセスして手当たり次第「友達」にDMを送った。そのうちの一人を介して何とか職場の同僚に連絡が取れていた。

 サンパウロに着くと、同僚が職場の鍵を開けて待っていてくれた。デスクにしまっていた現金を掴んでタクシーに戻る。最後に親切な運転手に気持ち多めにお金を払って、職場からさほど離れていない私の家まで連れて行ってもらった。

 サンパウロ一の目抜き通り「パウリスタ大通り」。中央分離帯を挟んで片側4車線ずつの車道の両側には広い歩道があり、それに沿って高層ビルが立ち並ぶ。いつでも車と歩行者が溢れる賑やかな通りだ。サンパウロはさまざまな人種、国籍、宗教の人が暮らす多様性に満ちた街だ。みな思い思いの格好で、大通りを自由に闊歩する。そんな街であってもウェットスーツを着て、サーフボードを抱える裸足の男にはさすがに好奇の視線が集まった。

 そんなサンパウロは犯罪が多い街でもある。アパートには入り口に門番がいることが多い。防犯対策か私の部屋の鍵も二つ付いており、一つはコピーができない特殊な鍵だった。

 朝一からサーフィンして、車両盗難に遭い、警察署で被害報告、タクシーを捕まえて、同僚に助けてもらい、海から100km離れた家までたどり着いた。それだけのことをしたのに、まだ昼だった。ここまでは驚くほどトントン拍子で来たが、最大の難関が待っていた。家の鍵が2つともない。スペアの鍵はその家の中だった。

 私のアパートの初老の門番は管理人も兼ねており、部屋の多少の不具合なら直してくれるような頼りになる人だった。彼に事情を説明したら、近くにある鍵屋に電話してくれた。鍵屋なぞ普段は気にもかけることのない存在だが、果たしてどれほど頼りになるのか。

 15分ほどして鍵屋がやってきた。正確には、自転車に乗った鍵屋の「子ども」がやってきた。中学生くらいの少年は、外出中のお父さんの代理で来たという。小さい道具箱を小脇に抱えている。
 「キミ、・・できるの?」
 私が聞いた。
 「たぶん大丈夫」
 ふわっと微笑みながら小さい声で答える少年には、あどけなさが大分残っていた。

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