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ある週末サーファーの記録022 プライア・デ・イタグアレ 1

 2014年、私はブラジルにいた。住んでいたのは人口1千万以上の大都会、サンパウロ。かつて多くの日本人が移住した街だ。そこからは、1時間半くらい、100kmほど車で走れば「グアルジャ(Guaruja)」という大西洋岸のビーチタウンに出ることができた。その町にはいくつかビーチブレイクのポイントがあり、波のクオリティはそこそこのときも多かったが、ブラジルでもほぼ毎週末サーフィンができた。

 サンパウロがあるブラジル南東部は、海から内陸に向かうと間もなく山脈に当たる。サンパウロはその山を越えた台地にあり、標高は750mだ。

 サンパウロと沿岸部を結ぶ、イミグランテス(imigrantes、「移民」の意)高速道路は山道には珍しく、ほとんど蛇行せず山脈を斜めに真っ直ぐ貫く道だった。イミグランテス高速の一直線の下り坂は、80km制限の長いトンネルと陸橋が何本も続く。オーバードライブをオフにして、エンジンブレーキを効かせながらひたすら下りて行く。片側三車線、山脈を切り拓いて通されたスケールの大きい高速道路だ。

 海抜750mから0m付近まで下りてくると気温も湿度もグッと上がり、植生も急に熱帯の雰囲気を帯びてくる。イミグランテス高速の終焉部分はマングローブの森が広がる。少し前まで高層ビルが隙間なく立ち並ぶ大都会にいたことが不思議な気さえする。

 グアルジャのメインのサーフポイントは「プライア・ド・トンボ(Praia do Tombo)」という南東向きの小さなビーチだ。ビーチの両脇には波に洗われて丸くなったいくつもの巨岩が海岸を縁取っており、サンパウロ州沿岸部の独特な景観を形づくる。プライア・ド・トンボはサンパウロから近く、波もコンスタントにあるため、いつも上手なサーファーで賑わっていた。いくつかのピークから長くはないが、ライト、レフト両方向にホローな波が割れる。どちらかといえばショートボード向きのポイントだった。

 そのビーチの隣には「プライア・ダス・アストゥリアス(Praia das Asturias)」という東向きのビーチがあった。ここは海にせり出した小さな丘が遮蔽物となり、南寄りのスウェルが入りにくくなっていた。プライア・ド・トンボよりも穏やかな波でロングボーダーもショートボーダーも混在する。サイズが上がると丘の突端を起点として長いライトの波が割れるポイントだった。

 「ブラジルは初心者向けじゃない」

 ボサノヴァの始祖の一人である作曲家トム・ジョビンはそう言ったという。多様な人種、風土、文化を抱えるブラジルを理解することは外国人にとっては容易ではないという意味が込められていたらしい。

 陽気でオープンなサーファーたちと、グアルジャのいくつかのポイントを中心にブラジルでの私の週末サーフィン生活はなかなかに充実していた。ただ、時にはトム・ジョビンの言葉を思い知らされるような、ほろ苦い経験もあった。

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