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ある週末サーファーの記録025 プライア・デ・イタグアレ 4

 鍵屋の少年は私の部屋のドアに付いている2つの鍵穴を確認する。
 「こっちは簡単。・・・こっちは少し手こずるかも。」
 彼はいわゆる何の変哲もない鍵で開ける下段の鍵穴、彼に言わせれば「簡単」な方から着手した。鍵穴を覗きながら、両手を使って針金のような工具2本を鍵穴に差し込んでいる。
 「カチャン!」
 開いた。1分はかかっていない。あまりの速さに唖然としている私に向かって少しはにかんでから、少年は次の鍵穴に取りかかった。

 上段の鍵穴は日本ではあまり見たことがない芯が太い円柱形の鍵で開けるものだ。防犯のためか、鍵を回すと2回転して、カンヌキ部分が2段階出てくる。早朝出かける際にはしっかりと2回転させたはずだ。

 少年はしばらくその鍵穴を観察して、おもむろにドライバーのような工具を取り出して開錠に取りかかった。

 5分くらいだったろうか、さすがにこの鍵は開かないかな、隣の部屋からベランダ越しに窓を割って侵入するか、などと考えていたときだった。

 「ガチャッ、ガチャン!」

 錠が勢いよく2回転する音が聞こえた。少年は何ら手荒な手段は使わず、鮮やかにその難しい方の鍵も開けてみせた。呆気に取られている私に向かって、またあどけなく微笑んで「開いて良かった」という趣旨のことを言っている。

 彼にいくら払ったか正解には覚えていないが、やたらキリの良い値段を言われた気がする。日本円にして5,000円かそこらだったと思う。10分足らずで彼はそれなりに稼いで、また自転車に乗ってフラフラと帰って行った。

 部屋に入ってシャワーを浴びて一息付いた。車が消えて、財布、携帯電話、鍵がなくなってから数時間。意外にも早く日常が戻ってきたことが、なぜか呆気なく感じられた。

 翌日、職場に電話がかかってきた。グアルジャの警察署からだった。私の黒い日産車がもう見つかったという。明くる日、有給を取って朝一の高速バスでグアルジャに向かうと、警察の一時保管場所に見慣れた車があった。私が駐車した海岸沿いから、数km離れた町中で見つかったものが、レッカー車でここに運ばれてきたという。

 車はロックがかかっている状態だった。サンパウロから持ってきたスペアキーがなぜか反応しない。車両の返却手続きをやってくれた警察官に話したら、鍵屋を呼んでくれた。人生でこれほど鍵屋に世話になるとは思っていなかった。

 グアルジャの鍵屋はガタイの良い成人男性だった。運転席側のドアの隙間にビニールのシートのようなものを差し込む。チューブが繋がっているそのシートは空気を入れると膨らむようになっている。自転車のタイヤのように「シュッシュッ・・」とポンプから空気を送る。膨らんだシートがドアと車体の間に5cmほどの隙間を作る。あとはその隙間から長い針金を突っ込んで、レバーに引っかけて開錠。こちらも鮮やかな作業で所要5分。代金を受け取って颯爽と帰っていく。鍵屋はなんとカッコいいのだろう。

 財布と現金、携帯電話、洋服などいわゆる金目の物、金に変わる物は全て消えていたが、財布に入れていたIDカードと免許証、車と家の鍵は後部座席の足元に落ちていた。私からすれば無くなって一番困る物、犯人からすれば何の価値の無い物はきれいに車内に残されていた。IDカードなどを後部座席に見つけたとき、私は不思議と自分が「ついている」と感じてしまった。盗まれた私を嬉しくさせる、これぞプロの手口と妙に感心した。

 車は見つかると自信あり気に言っていたタクシーのお父さん、鮮やかに開錠した子どもの鍵屋と大人の鍵屋、そして私を喜ばせた車泥棒。みんなプロだ。警察も含め実は全員がグルで、何かのスキームにはめられていたのではとさえ感じられる。

 「ブラジルは初心者向けじゃない」

 トム・ジョビンの言うとおりだ。プロのブラジル人の掌の上で踊らされる初心者の私。そんな構図を感じさせられる出来事だった。

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