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ある週末サーファーの記録035 ザ・パス 3

 早朝ホテルを出る。車を駐車場に停めて、右奥の岩場近くのエントリーポイントまで砂浜を歩いていく。一歩ごとに「キュ」、「キュ」と甲高い音が鳴る。不純物が混じっていない「鳴き砂」の上を歩くのはなんとなく気分が良かった。軽くストレッチをした後、岩場手前から透き通った水に入っていく。朝でも海パンとラッシュガードでちょうど良い。

 ザ・パスの波はそれまで見たことのない種類の波だった。通常波は最初に割れるところが最もパワーがあり、崩れていくにしたがって力を失っていく。ところが、ザ・パスの波は、崩れていく波の途中でも最初のブレイクの力と形を保っているような波だった。普通は波が崩れる最初から乗っていないと長いライディングはできないが、ザ・パスでは割れてきている波の途中からテイクオフしても十分長く乗れる。

 スナッパー・ロックスほどではないにしても、最初のブレイクポイントにはエキスパートやローカルのサーファーたちがいて、それなりに波取り競争がある。私は彼らから少し離れて左側で波待ちをする。右奥の彼らが乗りそびれた波を狙う。

 何度か短めの波に乗った後に、運良く誰も乗っていない、形の良い波が来た。

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 「オフ・ザ・リップ」と呼ばれるショートボードのアクションがある。海外でもその名前で通じるのか、それとも日本独特の呼び方なのかは分からない。崩れる瞬間の波にボードを当ててその反動も利用して素早く板を切り返すテクニックだ。決まると水飛沫が飛んでダイナミックなサーフィンになる。

 初めてボードに立ってからサーフィンにのめり込むようになった理由はいくつかあるが、その一つは、このスポーツ(というか遊びというか)が自分のレベルアップをはっきりと感じられる点だった。できなかったことができるようになると、それがほんの小さな上達でも明確に新しい感覚として分かる。ボトムターン、トップターン、アップス・アンド・ダウン、カットバック。それぞれの技、又はその一部ができると「今のは違った!」という感覚が味わえる。この感じは他のスポーツにはなかった。少なくとも私がこれまでやってきたものには。

 しかも、波に正対するフロントサイドと背中越しに波に乗るバックサイドでは体の使い方が全く変わってくる。そのいずれのアクションでも新鮮な感覚を得られるのはサーフィンの醍醐味ではないかと思う。

 大きな扇形の水飛沫がスプレーのように飛ぶプロサーファーの「オフ・ザ・リップ」をDVDで見ていた。どうしてもその技がやりたかったという訳ではなかったが、新しい技ができるようになる感覚はまた味わいたかった。

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 絵に描いたような理想的な波でテイクオフ。スムーズな波のフェイスを下りると自然とスピードがつく。サイズはムネぐらい。眼前の波が崩れそうに迫ってくる。ただ、せわしなく割れて白波になってしまう訳ではなく、サーファーがマニューバーするのを待ってくれているような波だ。「好きなように乗って良いよ」そう言ってくれているような波が続いていく。

 意識的にボードのノーズを縦上方向に誘導する。ボードが波の上部に差し掛かったところで、上半身を岸側に素早くねじる。崩れ始める波の力もちょうどボードに伝わり、板のノーズが岸側に急転回する。

 「!!!」

 これまで幾度となく失敗してきた「オフ・ザ・リップ」ができた。明らかに「できた」と思える感覚が身体中を駆け抜ける。しばらくその波を乗り切って板から「ボシャッ!」と水の中に落ちる。

 その直後の私の歓喜の雄叫びを遠くに聞いた人はそれなりにいたと思う。そしてそれを聞いたサーファーたちはみなニヤリとしてくれたと思う。

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