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ある週末サーファーの記録023 プライア・デ・イタグアレ 2

 ほろ苦い経験の一つはプライア・ダス・アストゥリアスでのサーフィンの後に起きた。

 ブラジルでは真冬に当たる7月のある日曜、私はいつもどおり朝一で海に着いて、いくつかのポイントをチェックした後にアストゥリアスでサーフィンをすることに決めた。この辺りの海岸沿いの公道には一列分駐車スペースがあり、みな白線内に縦列駐車してビーチに繰り出して行く。私もその一区画に車を停めて海に入る準備を始めた。

 真冬といっても気温、水温とも20度弱、3mmのウェットスーツを着さえすれば全く寒くない。脱いだ服とその他の荷物は車の中に残していく。車のカギはサーファーズ・ロックというナンバー付きのキーボックスに収納し、車の下の適当に引っ掛かる部分にぶら下げておく。

 2時間ほどサーフィンをしただろうか。その日のセッションが良かったのか、良くなかったのか、どんな波だったのかは全く覚えていない。砂浜から道路まで歩いて来たときに、得体の知れない違和感を感じた。

 「車がない・・?」

 20秒ほど立ち尽くした。嫌な予感はあった。ただ、こんなとき人は自分にとって都合の良い方に考えたくなるものかもしれない。
 「・・停めたのはここじゃなかったかもしれないな」
 何しろビーチ沿いに車が並ぶ光景は均質的である。サーフィンをしている間に潮で自分が流されて、入水したところから大きく外れることはしばしばある。ここではないどこか別のブロックに停めている可能性もゼロではないはずだ。

 とりあえず、海岸に沿ってその道を歩いてみる。歩きながら一台一台駐車中の車を確認していく。ビーチの端から端へ。そして、もう一度端から端へ。計2回の全車確認の後、観念した。やはり私の黒い日産車は跡形もなく消えていた。車両盗難だ。何らかの方法でキーボックスを開けて鍵を取り出したのか、あるいは、レッカー車で引っ張って行ってしまったのか。見当は付かなかったが、どちらにしても絶望であることには変わりなかった。

 さっきまで波乗りをしていたため、当然ながらウェットスーツ姿。ショートボード一枚の他は何も持っていない。
 「さあ、どうする・・?」
 少し考えて、以前アストゥリアスの隣のビーチの前の道路に警察官が詰めていたのを思い出した。とりあえず、裸足のまま海沿いを10分ほど歩いて隣のビーチに移動した。幸い、以前と同じ場所にパトカーが見えた。警察官に事情を説明したところ、彼らが所属する地元の警察署までパトカーで送ってくれた。そこで盗難届の提出など一連の手続きを行ない、つつがなく終了した。ここまで驚くほどスムーズに来たのは、ポルトガルでの車上荒らしの経験があったからに他ならない。

 さて、100km離れたサンパウロに帰らなければならない。これまでとても親切に対応してくれた女性の警察官もさすがにサンパウロまでの交通費は貸してくれなかった。だが、タクシー乗り場まではパトカーで送ってくれた。

 タクシーの運転手にサンパウロまでの運賃を交渉する。今は無一文だが、サンパウロに着いてから、何とかお金を工面してきっちり払うからという約束で、約1万円で100kmを行ってくれるという。捨てる神あれば拾う神ありだ。

 ショートボードをトランクから後部座席に突っ込んで、湿ったウェットスーツを着た私を助手席に乗せたタクシーがサンパウロに向けて発車した。

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