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父の言葉

「何を飲むかじゃない、誰と飲むかが大切なんだ」

昔、父が言っていた言葉だ。
その当時、まだ未成年だった僕は何を言っているのかよくわからなかったが、お酒を飲む人はそれなりの拘りがあるのだろうぐらいに思って聞き流していた。

「苦い、不味い…」

これは僕が1人で初めてビールを飲んだ時の正直な感想だった。
酒飲み達は何故、こんな飲み物をグビグビと爽快な音をたてながら何杯も飲めるのだろう?
当時の僕はそれが不思議で、ビールをおいしそうに飲む酒飲み達が少し羨ましくもあった。

僕が成人してから間もなく、仲間達で集まって飲み会をやろうと言う話になった。いわゆる同窓会というやつだ。
あまりお酒が好きではない僕は少し出ようか迷ったが、旧友と久しぶりに会って話したいという気持ちが勝り参加する事にした。

「まずビールで」
飲み会当日、例に漏れず定番の注文方法が行われた。
10人ちょっとの参加者全員が同意しスムーズな注文が行われる。
僕も多少は飲む覚悟をしてきたので特に否定せずにビールを受け入れる。

「お待たせしました。」
全員分のビールがジョッキで運ばれ、手前から後ろの席へ順々にビールを回していく。
それから幹事の簡単な挨拶も終わり、ついに飲み会が始まった。

「「乾杯」」

ゴクゴクと周りにビールを飲む音だけが響き渡り、その音が終わりを告げると、各自思い思いの言葉を選び話していく。

漫画家を目指してる奴

大企業に就職した奴

自営業を始めた奴

大学へ進んだ奴

カレカノとの、のろけ話をひたすら話す奴

この飲み会はそんな旧友達の夢や悩みをたくさん聴く良い機会になった。
気が付くと手元のビールは5杯目を迎えていた。
うまい、不味いは関係なく言えるのは「楽しい」だった。旧友と飲み、話し、夢や悩みを語り合うその空間は間違いなく"しあわせ"な場所だった。

それから少し過ぎ、お開きの時間になった。
その後、2次会、3次会と時は流れ、気がつくと僕は自分の部屋で寝ていた。
起きた瞬間、徐々に込み上げてくる気持ちの悪さに顔を青くしながらトイレへ駆け込んだ。
その日はトイレと語り合う事になった。

そして翌日、午後の仕事帰りにコンビニで缶ビールを1本購入して家で1人で飲んだが、やっぱりおいしくなかった…。
その後、ミルクティーで口直しをしたのは秘密のこと。

「何を飲むかじゃない、誰と飲むかが大切なんだ」

父があの時言っていた事が、なんとなくだがわかった気がした。

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