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ピエトロ・アレティーノ『ラジョナメント』第5回(毎週月曜更新)

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ナンナ 二つ目の壁には、マゼット・ダ・ランポレッキオ[デカメロン第3日第1話の登場人物]の物語が描いてあった。わたしの魂にかけてあなたに誓うわ。マゼットを掘っ建て小屋へと連れこもうとする二人の修道女は、本当に生きているみたいだったのよ。悪党のマゼットは、眠っている振りをしながらも、ちゃっかり肉の棹を立て、そのシャツは帆のように盛り上がってたわね。

アントーニア あっはっは!

ナンナ 同僚たちの企む色事に気がついた、別の二人の修道女の姿を見たときは、笑いを抑えきれなかったわ。女子修道院長に企みをばらさないと約束する代わりに、自分たちも色事に加わろうって肚だったのね。だけど、身振り手振りで話すマゼットが、修道女の誘いを断っている様子を眺めると、わたしたちは揃って呆然としてしまったの。物語の締めくくりに、賢明なる女子修道院長が描かれた絵の前で、わたしたちは立ちどまったわ。女子院長は善行を施そうと考えて、マゼットを夕食に招き、この立派な男に、これからは自分といっしょに寝るよう説いたのよ。けれど、何日か過ぎたとある晩、このままでは皮が擦り剥けてしまうと不安になったマゼットは、思わず言葉を喋ってしまったの。この奇跡はあたり一帯に知れ渡り、おかげで修道院は、聖なる住み処として祝別されることになったのよ。

アントーニア あっはっは!

ナンナ 三つ目の壁に描かれていたのは(わたしの記憶が確かなら)かつてその修道会に所属していたすべての修道女たちの肖像だったわ。その傍らには修道女たちの恋人と、彼女たちが産んだ子供の姿も描かれていて、男も女も全員の名前が記されていたの。

アントーニア 良い記念ね。

ナンナ 最後の壁には、鍵を閉めたり閉められたりするための、あらゆる姿勢とあらゆる手段が描かれていた。修道女たちには、男性のお友だちと実践に及ぶ前に、絵画に描かれている行為を試しておくことが義務づけられているの。それというのも、いざというときベッドのなかで、どぎまぎしないためなのね。ほら、まるで四本足の獣みたいに、味も素っ気もなくベッドに貼りついてる女っているじゃない。そんな女を味わったところで、油も塩も利いてないそら豆のスープを飲んだような喜びしか得られないのよ。

アントーニア それなら、剣術指南の先生が必要でしょう?

ナンナ 先生はちゃんといるのよ。飲みこみの悪い女たちに、正しい振る舞い方を教育してやるために。なにしろ男って、色の欲に衝き動かされると、長持ちの上でも、階段の上でも、椅子の上でも、テーブルの上でも、あるいは床の上でだって、ところかまわず女にまたがろうとしてくるものね。そんなときにどうやって応じるべきか、善良な修道女たちに教える役目を負った女は、犬や、オウムや、ムクドリや、カササギを飼い馴らすのと同じだけの忍耐を備えてるの。バガテル[ビリヤードに似た球戯]の玉の上手な突き方より、元気のない鳥を真っ直ぐに勃たせるための愛撫の仕方を学ぶ方が、よっぽど難しいんですから。

アントーニア それ、ほんと?

ナンナ 本当ですとも。さて、絵画を眺めたり、議論したり、冗談を言い合ったりするのにも飽きてくると、パリオを走る競走馬の前の道のように、あるいはもっと上手に言うならば、召使いの台所で食事するよう強いられた人たちの前の牛肉のように、あるいはもっと本当らしく言うならば、お腹を空かせた農婦たちの前のラザニアのように、瞬きをする暇もないほどあっという間に、修道女も、修道士も、司祭も、世俗信徒も、侍者や見習い修道士も一人残らず、はてはガラスの果物を持ってきた少年までが、どこやらへ姿を消してしまったの。学士候補生だけが、わたしの隣に残っていたわ。ひとりぼっちになったわたしは、体の震えを抑えようと懸命になりながら、黙りこくって立ちつくしていた。すると、学士候補生が言ったのよ「修道女クリスティーナ」(修道服をまとうなり、わたしにはこの新しい名前が授けられたの)、「あなたを独房へご案内するのが僕の役目です。そこでは肉体の凱歌のさなか、魂が救済されることになるでしょう」。それでもわたしは、節度を保っていたかった。だから、耳も貸さずに頑なになって、一言も返事をしなかったの。すると彼は、大きなガラスのソーセージを握っているわたしの手をつかんできたのね。思わず床に落っことしそうになったソーセージを、あと一歩のところで救い上げたわたしは、ふと笑みをこぼしてしまった。わたしの微笑みに勇気づけられたのか、教皇さまは意をけっしてわたしにキスをしてきたわ。冷ややかな石からではなく、慈悲深き母から生まれたこのわたしは、狐のように小狡い瞳で彼をじっと見つめていたの。

アントーニア それが賢明ね。

ナンナ こうしてわたしは、犬に導かれる盲人のようにして、大人しく彼のあとについていったわ。それからどうなったか? 周りを取り囲むすべての居室の、ちょうど真ん中に位置する小部屋へ、わたしは招き入れられたの。それぞれの居室とその小部屋は、レンガを簡単に積み上げただけの壁で仕切られていた。レンガのあいだの漆喰の塗り方がひどく雑なものだから、割れ目に軽く目をあてるだけで、周りの居室で何が起きているのか簡単に見てとることができたのよ。学士候補生はそこに着くなり、わたしがベッドの上で彼の思いどおりに支度をするよう、わたしの美しさは仙女のそれをも凌ぐとか、お決まりの「わが魂よ」、「わが心よ」、「愛しい血よ」、「甘美なる生よ」とか、そのほかだらだらとあとにつづく戯言を並べるために口を開こうとしているところだったのね。ところがそのとき、学士候補生や、修道院のなかにいた誰もかれもが、「ティック・トック・タック[扉をノックする音]」という響きを耳にしたの。慌てふためくあの人たちの姿はまるで、胡桃の山に群がっていたネズミの集団が、突然に開け放たれた扉の音に肝を潰したときのようだったわ。恐怖に頭はこんがらがり、自分がどこの穴からやってきたのかも思い出せずにいるわけよ。修道院のお仲間たちはそんな風にして、隠れる場所を探し、おたがいにぶつかり合いながら、付属司教の目から逃れようと途方に暮れていたの。そう、修道院の庇護者である司教さまに仕えるこの付属司教こそが、「ティック・タック・トック」でわたしたちを仰天させた張本人だったのね。あのときのわたしたちは、川べりにへばりつき、草のあいだから頭を高く上げていたカエルたちが、「わっ」という叫び声だか、誰かの投げる石ころの音だかのせいで、ほとんど全員、いっせいに小川のなかに飛びこんでいくときの様子とそっくりだったのよ。寄宿舎を通りすぎるあいだ、付属司教さまはあと一歩で、女子修道院長の部屋に入っていくところだった。部屋のなかでは女子院長が、修道会の総会長と協力し、修道女たちの晩課の祈禱書の改訂に勤しんでいる最中だったわ。あとで食糧係の修道女から聞いたのだけど、付属司教は部屋の扉を叩こうと、すでに手を上げていたんですって。ところがね、〈あわや〉というその瞬間に、アンクロイアや「ブオヴォ・ダントーナ」のドゥルズィアーナのごとく、装飾たっぷりの旋律を歌うことに長けた一人の年若い修道女が、付属司教の前に現われ膝を屈めてみせたせいで、彼は何もかもを忘れてしまったの。

アントーニア ああ、部屋のなかに入っていたら、さぞかし素敵なお祭りになったでしょうに! あっはっは!

ナンナ けれどその日は本当に、危ういところを偶然に助けられたのよ。というのはね、付属司教が椅子に腰かけようとするやいなや……

アントーニア いよいよ興に乗ってきたわね。

つづく

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