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秋、進む

2009/10/19
(この記事は2009年のものです)


先週の金曜日、母の病院へ行くつもりで身支度をしていたら、姉から電話があった。母が前日の晩に熱を出し、インフルエンザの可能性も否定できないため病室を移動して、様子を見ているとのこと。

翌朝確認の電話を入れると、母の熱はすでに下がっていて、新型インフルエンザも陰性だったという。それでも万が一を考慮して、母は熱のある人を集めた病室にカーテンを引いて隔離されていたらしい。週明けまで家族の面会も控えてほしいとのことだった。

やはり病院側も時期が時期だけに、対応が過敏になっているのは仕方のないことだし、有難いことでもある。


先週は姉の都合やらで、結局5日間、娘の誰とも面会できなかった母は、今日私が病室を訪れると、眉を八の字にして喜ぶ。「やっぱり、家族が来てくれると嬉しいね」と言う。

丸一週間お風呂に入っていない母は、あっという間に薄汚れた感じになってしまっていた。娘たちが持参する、高カロリーの美味しいおやつを食べることもなかったせいか、いくらか頬がこけたように見える。

顔を何度も拭いたり、耳を掃除したり、手足の爪を切ったり、顔の毛を剃ったり、足をもんだり首をもんだり、今日はやることがたくさんあった。

「今度はいつ来るの?」と母が訊くので、「たぶん、金曜日に来ると思うけど」と答えると、「金曜日って何曜日?」と言う。「金曜は金曜よぉ~」と私が言うと、「違うよわ。何日なのよ?」と母は言う。

「この頃、何曜日が何日か、わかんなくなっちゃった…」母は大切なものを失くしてしまったように呟く。「そんなもん、私だって、いつだってわかんないわよ」それは事実だ。

だけど私たちは、カレンダーや手帳を見て、いつだって容易に確認することができるし、時間も曜日もすべてのことが、自分の掌に握られていると、自分の思いのままに操ることができると、そんなふうに思っているだけだ。

行きたいところへ歩いて行ったり、欲しいものを手にしたりすることができないどころか、枕の位置が気に入らなくてもどうしようもないとか、布団がズレて足元が冷えても直せないとか、背中のあたりで下着とパジャマの裾がまるまってモソモソするのを我慢するしかないとか、そんなふうに自発的に何かをする身体の自由がほとんど奪われた状態で、見当識が少しずつ狂いはじめ、今日が何曜日の何日なのか、あの人が来たのが昨日だったのか一昨日だったのか、そういうことが少しずつ「わからなくなってしまった」と感じることの本当の意味や不安や怖れを実感するのは、間違いなく本人しかできないことだろうと思う。

母と話をしている最中に、ふいに母が右手をかざす。「なに?」と訊くと「爪」と言う。

ああ、爪を切ってほしいのね。しばらく独りだったから、何かと要求が多いのね。淋しかったのね。

そしてまた母と何かの話題で話していると、ふいに、「今、何してるか? おしっこ」と、自分で訊いて、自分で即答している。私と話していることの内容よりも、自分が今、オムツの中に放っているおしっこのことに、気持ちが集中していたのだろう。考えてみれば、ごく自然なことかもしれない。

「くっだらないわねぇ~」と、軽く笑い飛ばしておいた。

少しずつ少しずつ、でも確実に、母の認知症は進行しているんだなと思う。

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