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揺らぎと安定

2008/12/12
(この記事は2008年のものです)


私が持っていった大きなイチゴを、「食べたい!」と母は言う。小さめのフォークに突き刺して持たせようとすると、母はフォークを拒む。最近母は、自分の手で握って、物を食べるのが好きだ。

イチゴを掴むと、口いっぱいに頬張る。「ちょっと大きすぎるわよ!」と私が止めかけるけれど、母はちょっと可笑しそうな顔をしながら、一気にングングと口を動かす。つづけざまに2個、おっきいイチゴを一口でたいらげる。それから大きなフジ林檎を1切れ、「美味しい」と言って食べ、「お風呂に入るとお腹が空くから後でまた食べよう」と言う。

入浴後、「これで最後?」と確かめながら、イチゴを頬張り、もう一度林檎も食べる。その後虎屋の羊羹50グラムサイズを1本、ペロリと食べ、すぐにお決まりの梅の香巻きを「せんべは2枚」と指定。私が持参したイチゴプリンも1口だけ食す。ほんとはもっともっと、いろんなものを食べたいんだろう。

同じ病室の、母以外の3人の方のうち、2人が胃ろうだ。そして1人は常に口を開けて、上を向いていらっしゃる方。どういった病気だかしらないけれど、まだずいぶんとお若い。

その方は食堂に車椅子で連れて行かれるけれど、ただ上を向いているだけ。
スタッフが流動食を口の中にスプーンで流し込むと、反射的に顎というか喉を動かすので、どうにか食道を通過していく、という感じだ。時々顎が開いたままのことがあるらしく、その時はスタッフが顎をカックンと押し上げて、嚥下を促すようだ。

だから母だけが唯一、好きなものを好きに食べることができる。おまけに献身的な娘たちが、毎日日替わりで美味しいものを持ってはるばるやってくる。女王様に仕えるしもべが3人だ。なんという贅沢だろう。

食欲だけは安定しているけれど、精神的には日々、揺らいでいる。幻覚の多い日、暗い日、とてもハッピーな日、やる気を見せる日。今日はとてもまともだったな。ずいぶん高度な会話もした。

認知症は、ゆっくりゆっくり、でも確実に進行していくのだ。


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